第27話 方針転換
さて、なんだかんだで、こっちの生活も三ヶ月近く経って慣れて来た。
後宮の中は、ゆっくり時間が流れている。
朝、標の君を起こし、着替えを手伝い、朝食を一緒に食べる。
その後、標の君は剣の鍛錬や、乗馬の練習などに行くが、その間にベッドメイク。部屋の掃除。
お昼は軽く食べて、その後チェスなどにお付き合い。
調べ物をしに、王立学問所の図書館まで行くのについて行くこともある。
ただ、私はまず文字の勉強からしないといけない。
言葉が日本語で通じている分、このラテン語っぽい何かが全然書けない。
筆が完成して、メモをそれで取ったりしているけど、筆と日本語って、横書きとはとても相性が悪い。時々縦書き。
それを見た女官たちから、魔術の勉強をしているらしいと噂を立てられた。
もー。勘弁して。
そして、こちらに慣れて来ると同時に、前の生活を思い出す回数が段々減ってきた。
ちょっと怖い。
しかも、テレビがあってスマホがあって、怒涛のように情報にさらされながら、学校行って家事もする前の生活と違って、のんびりまったり貴族っぽい生活、家事すらもあらかた他人がやってくれて、人のうわさ話ぐらいしか情報源がない。
めっちゃ楽。だけど超退屈。バカになりそう。
王妃様が十日に一回はあちこちの奥様方を読んで、女子会をやったりとか、劇団を呼んで庭でお芝居をやらせたりとか、すごく楽しそうなのがうらやましい。
まあ、私はどっちかというと敵側だから、呼ばれたりしないんだけど。
でも、そういうのに、お手伝いとして女官たちが呼ばれたりして、みんな嬉々としてそっちに行くのを見ると、なるほど、そりゃ王妃様の手先になるのも分かるな、という感じ。
ちょっと悔しい。
王妃様は四十歳ぐらい。今でも綺麗だけど、昔はさぞモテただろうな、と分かる容姿をしている。
それだけに、標の君の母君を側室にしたことが許せなかったらしい。
妊娠したと分かると、それが国王に知られる前にさっさと遠方に追い払い、国王が行方を突き止めた後も、王宮に戻るのを許さなかった。
気持ちは分からないでもないけど。
でもそれって、標の君には関係ないよね。
冬なので、夜が長いし、石造りなのでめっちゃ冷えるが、雪は大したことがない。
意外に暖炉が暖かくて感動したけど、薪をがんがん放り込んでいたら、節約しろと怒られた。
そりゃそうだわ。薪だって外から買ってるんだしね。
そんなこんなで、それなりに何とかなっている中世ヨーロッパ生活。侍女としての給金で貰う金貨を貯めたりしているけど。
この先どうなるのかすごく不安。
王宮の外では、エシル将軍がいろいろ根回しをしているらしい。
サディナは喜んでたよね。
十七歳にもなって婚約者のいない娘が、王子様に見初められたんだし。
おとぎ話っぽい。
でもディラが元に戻った時、側室はともかく大公妃になってたら、さすがにびっくりするに違いない。
どうやってこっちに来たかも分からないし、どうやれば元に戻るかも分かんないんだけどね。
ちなみにエレーン王女と、標の君が会う予定は今のところない。
先日、エレーン王女が砂嶺国からやってきて、今は王宮の外の迎賓館的な建物で暮らしている。
噂では、彼女に見合うレベルの貴族の独身男性とのお見合いが、二度あったらしい。
そしてどっちも破談。
これも噂だが、どうもエレーン王女のぽっちゃりぶりが、相当ぽっちゃりらしいのだ。
階段を上るのに、輿にのせられてみんなに担がれていくレベル。
二度目のお見合いの時に、「人外」と言われて、引きこもってしまった。
ちょっと引く。言い方ひどいよね。
でも一度会ってみたい。
標の君は、彼女と結婚した方が幸せなのかどうか気になる。
原作では、ここから一年ほど引きこもっている間に、彼女は少ーしダイエットして美しいプロポーションを手に入れる、ことになっている。
ということは、あと一年は会わないということだ。
異国に来て、心細いであろうエレーン王女の話し相手になってあげたい、と標の君に打診してみたら、
「君は本当に優しいね。でも難しい。外務長官が色々考えているはずだから、気に病まないようにね。」
といなされてしまった。
確かに、今の所私はただの侍女だし。王宮の外に出ることもままならない。
それに、もうここまで来たら、外から標の君の幸せを見守るんじゃなくて、私自身が直接標の君を幸せにしちゃってもいい気がする。
年が替わってしばらくして。
ディラの実家から連絡が来た。
養女の申請が通り、標の君との婚約の準備が整ったから、宿下がりして来い、との要請だ。
標の君に聞いてみたら、きらきらの笑顔で
「朝から君の顔が見られないのは寂しいけど、仕方ないよね。」
と言われた。
今後は、標の君の婚約者として、私が外から会いにくる、あるいは標の君が私の家まで会いに来る、という形になる。
あー。なんか本当に、標の君の奥様になっちゃうんだ。
嬉しいような、複雑な気分。
いいのかな。本当にいいのかな。




