第24話 レベルは庶民
建物の角を曲がって姿を現したのは。
標の君だ。
顔色が真っ白。
どうしたのよ。貧血?
「殿下!お怪我は?」
こんなに青い顔をしているからには、どこか怪我をしているに違いない。
あーもう、だから行かせたくなかったのに。
でも見えるところに包帯はない。
どこ?
中?
「ディラ。」
原作では確か、右足と肩のあたりを怪我したはずだけど。
くるくる周っていると
「ディラ、大丈夫。怪我はしていないから。」
少し苦笑気味の声がした。
見ると、標の君の頬に、ほんのり血の気が戻っている。
「本当に?」
「本当。どこも怪我はしていないよ。」
よかったー。
標の君はにっこり笑うと、兄君の方に向き直った。
「ただいま戻りました。」
「うむ。ご苦労だった。報告を聞こうか。謁見の間へ参ろう。」
「はい。」
一緒においで、と言われてついていく。
朝ごはんまだだったけど、まあいいか。
「ずいぶん朝早くにお帰りだったんですね。」
「そうでもないよ。」
「まさか、おひとりですか?」
「いや、王都まではエシル将軍が二十騎ほどつけてくれたから。王宮の外で別れたよ。」
「・・ていうことは、他の皆さんはまだ、南にいらっしゃるんですか?」
ちょっと痩せている。
あんなに頑張って、お肉をつけさせたのに。
「将・・伯父様と一緒に戻ってこられると思っていました。」
「馬の方が早いから。」
「危ないじゃありませんか。」
「だって・・・」
標の君は言葉に詰まった。
それから考えた挙句
「早く兄上に、戦勝報告をしたかったからね。」
それを横で聞いていた大地の君は、ハハハと笑った。
「俺に気を遣わなくてよい。ディラーラに会いたかったんだろう。お前も察してやれ。」
標の君は真っ赤になった。
わー。どうしよう。きゅんとする。
これってやっぱり、私の事が好きって事なんだよね?
どうしよう。
えっ。どうしよう。
全然考えてなかった。
原作では標の君は、怪我の療養に訪れた別荘で、リナという可愛い女の子に出会う。
明るくて働き者で、十二将の一・ファルク将軍の妻の姪にあたる。
彼女に励まされながら病身を養ううち、標の君は彼女に恋をする。
まあ今回、怪我をしなかったから、別荘に療養に行くこともないし、リナに会う事もない。
問題は、その後に起こるイベント、砂嶺国の王女エレーンとの結婚だ。
砂嶺国は蝗に作物を食われて、すっからかんなのだ。
なので、戦争に勝っても、取れるものがあまりない。
エレーン王女は、人質でもあるが、賠償金替わりとして、鷲羽国にやってくる。
で、取っては来たものの、そんな貧乏小国の王女に大した価値はない。鷲羽国は彼女の扱いに困って、最終的に標の君に押し付ける。
国王の命令だから、標の君は逆らえない。
ただ、このエレーン王女というのが、とても良い人なのだ。
宮殿の奥深くで暮らしていて、後宮から出たこともない、みたいな人だけど、本が好きで博識、標の君ととても気が合う。
リナの事を知っても、「彼女への思いも含めて、標の君。」と丸ごと引き受けちゃうような懐の深さもある。
私としては、彼女と幸せになって欲しい。
なのに原作では、結婚して一年足らずで、標の君は死んでしまう。
何しろ、結婚するまでが長い。
標の君は、リナの事が忘れられなくてぐずるし、大地の君は、政略結婚の道具に、自分の弟をさせたくない。自由に、愛する人と結婚してほしいと思っているので、エレーン王女との結婚を阻む。
エレーンはエレーンで、最初に持ち上がった縁談で、ややぽっちゃりな体型を相手にこき下ろされて深く傷つき、しばらく引きこもってしまうし。
「ディラはここで。」
言われて、我に返る。
謁見の間の、控室まで来ていた。
いいじゃん。ぽっちゃり。
中世のフレスコ画とか見てみ?美人はみんなぽっちゃりだ。
三段腹バンザイだよ。ちゃんと食事がとれている証拠だよ。
健康だったらなんでもいいじゃん。そこをなぜこき下ろす。
私だって、ちょっぴりプヨってるよ。いやディラじゃなくて元の私だけど。
というようなことを、控室に飾られている花の絵を見ながら考える。
どうしよう。
とにかく、早めに標の君とエレーン王女を会わせよう。
私の事は、まあ、側室候補ったって、せいぜい恋人どまり。
どのみち正室になるには身分がちょっと低い。
エシル将軍の娘とかなら可能性があったけど、金持ちではあるけど商家の娘なので。
この国の貴族は、十二侯十二将十二省の三十六家のみが正式な貴族であり、ほぼ世襲。
そこから一歩はずれると、格が下がって騎士階級。騎士じゃなくても騎士階級。これもほぼ世襲で、それぞれお仕えする貴族の下で働いている。
なんとディラはその下。レベルは庶民。
金持ちだけど、庶民~。
だから王族の標の君とは、結婚できません。
標の君がリナとの恋に苦しむのも、この辺りが原因だ。
でも大丈夫。会わなければ、不毛な恋も始まらない。
標の君が、謁見の間から出てきた。
「お待たせ。行こうか。」
若干痩せたけど、美少年は美少年。
にこっと微笑みかけられると、もう気持ちを全部持って行かれそう。
「あのー、私、朝食頂いていないんですけど。」
腹ペコを訴えると、標の君は楽しそうにくつくつ笑った。
「一緒に食べよう。僕もお腹空いたよ。」