第23話 愛の告白
シースさんは、押しとどめるように両手の平をあげた。
「お嬢さんはちょっと浮世離れしているので!うっかり触ってしまっただけですから!本当に申し訳ありません!二度目はありませんので、ご容赦くださいませ!」
どゆこと?
小間使いさんと一緒にぺこぺこ頭を下げて、女官たちが行ってしまうのを待ってから、もう一度部屋に入る。
「あのー。何のことだかさっぱり分からないんですけど。」
「王太子殿下の足に直接触ったんですか?」
「サイズを測ろうと思って。」
シースさんはしばらく絶句した後、声を潜めるようにして説明した。
曰く。異性の肌に直接触るのは、家族や恋人以外ではありえないこと。
従って、異性の肌に触る=愛の告白であり、触られて拒絶の意思を示さなければ、つまり告白オッケー=カップル成立、だということ。
「そーなの!?」
「そうなんです。」
シースさんは重々しく頷いた。
「ただし例外はあります。偶然ちょっと当たったとか。お互い未成年の場合は、ノーカンになったりとか。あと、命に関わる緊急事態とか。」
「そーなの?それだけ?」
「そうなんです。」
待って。
じゃあ、今朝私が大地の君の足をがっつり触ったのは。
そういえば、サイズを測らせて、と言ったら、微妙に間があったな。
これか。
いやいやだけど、その前に私、眉間のシワを指でぐりぐりやられている。
あれは?
ノーカン?
ていうか私、標の君に、めっちゃ触ってた。
ほっぺをぎゅっとやったりとか。ボクササイズやるときに、腕の高さはこれぐらいですよーとか。
あれって、もしかして、私からめっちゃ愛の告白ってことなの?!
どうしよう。
どうしよう。
そう言えば、標の君、結構動揺してた。
うそーん。
え。
だから侍女に呼ばれたの?
ていうか、だから側室候補?
標の君の距離が割と近めだったのも、「だって付き合ってるよね?」てこと?
ぐは。
だめだ、動揺を抑えきれない。
「泣かないでくださいってば。大丈夫ですから。王太子殿下は、お嬢さんが世間知らずなのは御存知でしょうし、シーリーン姫も寛大なお方ですから。」
誰だっけ。
聞いたことある名前だ。
シースさんは、私の顔をごしごし拭きながらあきれたように言った。
「ほんっとに世間に疎い方ですね。王太子殿下のご婚約者様でしょ。」
あー。そんな人いたな。
寛大だったっけな。
大地の君が、弟君ばかり気にするんで、ブチ切れて婚約破棄するんじゃなかったっけな。
「とにかく、なんでそんなことになったのか分かりませんけど、もう大地の君にお会いになっちゃいけません。おみ足に触ったことも、殿下の侍従の見間違いで、物差しを当てていただけだと言い張ってください。よろしいですね?」
シースさんに言われて、頷いた拍子に、また涙がぽろぽろこぼれた。
ディラって涙腺緩い。
いや、私なのか。
とにかく、翌日からは食事を、他の侍女や女官たちが食べている食堂で取ることにする。
居心地は悪いが、これ以上事態の悪化を防ぐためには仕方ない。
そしてなるべく自室にこもって、ひたすら室内履きを作る。
できれば、標の君が帰ってくるまでには仕上げて大地の君に渡して、何事もなかったかのようにしたい。
標の君用は、すぐ仕上がった。
大地の君用も、若干布が足りない部分を他の布の端切れでごまかして、頑張って作る。
ルームソックスに底が付いているような形で、底の部分はフェルトを重ねてある。全体に二重になっていて、間にウール綿を挟んである。
肩が凝るほど頑張って、それでも三日かかった。
縫い目とかもガタガタだけど、仕方ない。一応約束だから、これを渡していい事にしてもらおう。
朝、厨房の勝手口から外階段を上がろうとして、びっくり。
上から大地の君がのぞいていた。
うひゃ。
声が引っ込む。
「のっだっ、な、」
「のだな?」
覗いているよ、大地の君が。なにやってるんだよ。の略です。
「お、おはようございます。殿下。なんでそんなところにいらっしゃるんですか?」
息を整えて、言い直す。
「お前が全然姿を見せなくなったから、どうしたかと思っていた。」
大地の君はつまらなさそうだった。
「室内履きを作っておりました。どうぞ。」
差し出すと、大地の君はふうん、という顔で受け取って、ガタガタの縫い目を見つめた。
「お前は裁縫が苦手なのか。」
苦手というか、ザツなんです。すみません。
「まあよい。使わせてもらう。」
「光栄にございます。」
よし。
これで後は、さりげなくフェードアウトすれば問題なし。
「無理をさせたようだな。まさかこれのせいで、朝会えなくなるとは思わなかった。」
これのせい、というかなんというか。
まあ、いろんな意味で、この室内履きのせいとも言えるかな。
遠くの方で、数人叫び交すような声が聞こえた。
「なんでしょう。」
思わず階段を上りきる。
大地の君が、いぶかしむように声の方を見た。
「騒がしいな。伝令かもしれぬ。」
バタバタと人が走る音。
そして
「ディラ!」




