第22話 籠絡
基本、侍女としてはすることがあまりない。
季節の変わり目なので、標の君の服を衣替えして、それまで使っていた服だの小物だのシーツだのを洗濯に出して、部屋の様子を夏っぽい物から冬っぽいものに交換したりしたら、もう後は、繕い物とかぐらいしか仕事がない。
そういえば、ディラの実家から小間使いが来ていた。名前はシースさん。
侍女って、自分用の小間使いを持てるんだって。自分専用のお手伝いさん。
もっぱら、自分の服の洗濯とか、身の回りの世話とか、あと実家との連絡とかしてくれている。
人の世話をするために来ているのに、さらにその世話をしてもらうための人がいるってどうなの。
まあ、王宮内に起居しているわけではなくて、数日おきに来る感じなんだけど。
その小間使いさんが、ディラの冬用の服とかを持ってきてくれた。
新しくはないが、趣味はいい。
男物の服をお願いしたら、そこは断固拒否された。
仕方ない。エシル将軍が帰ってきたら、またお願いしてみよう。
「正直、お嬢さんがちゃんとやれているのか、奥様はとても心配なさっています。」
シースさんは、前のディラを知っているんだろう、エシル将軍の家から直接王宮へ行ってしまったお嬢さんの事を、本当に心配していた。
「朝は起きられないし、朝食に一時間もかかるし、顔を洗ったら辺りをべっちゃべちゃにするし、もう本当に、皆さんにご迷惑をおかけしているんじゃないかと気が気じゃないんです。ちゃんと一人で服を着られていますか?前後ろ反対に着たりとか、していませんよね?」
どんだけ~~。
「脱いだ服は、ちゃんとハンガーにかけるんですよ?皴になりますからね。いつ後宮を出されてもいいように、ちゃんとご実家の方も準備していますから。何かあれば、いつでもおっしゃってください。」
もう、追い出される前提なんだ。
ここまでいくと、感心する。
どれだけぼんやりさんなんだ、元のディラは。
でも、そう言えば大地の君も、もう後宮を追い出されるレベルだとか言ってたな。
まあいいか。どのみち後宮には向いてないって事だ。
最近は毎朝、厨房の外の井戸のところで、大地の君に挨拶するのが日課になっている。
その後、ちょっとだけ厨房の下ごしらえを手伝った後、標の君の部屋の換気をして、軽く部屋の掃除。
午後は自分の部屋を掃除した後、標の君の新しい室内履きを縫っている。
帰ってくる頃には寒くなってるからね。
暖かくて、ふかふかのやつを。
なかなか理想通りにはいかないけど。そこはあきらめてもらう。
サンダルよりはましでしょう。
もうすぐできそうだ、という話をしたら、大地の君に
「じゃあ、俺にも一足作れ。」
と依頼されてしまった。
えー。
あなた、自分付きの女官とかいっぱいいるでしょう。
「靴下の親玉みたいな感じなので・・・王太子殿下はもっと腕の良い職人さんとかのほうが良いかと思いますけど。」
やんわり断ったら、不機嫌な顔をされてしまった。
「標には作れるのに、俺には作れないのか。」
いやいや、そうではなく。
慌てていると、大地の君は不機嫌な顔のまま、続けた。
「せっかくいい知らせを教えてやろうと思ったのに。」
「何ですか?」
「砂嶺国と交戦して、勝ったらしい。」
「え!」
詳細は不明。狼煙での合図だから、勝ったことしか分からない。
でも、勝った。よかった。
私がニコニコしているので、大地の君も不機嫌な顔をちょっとだけ戻した。
「いい知らせだろ。だから俺にもその室内履きを作れ。」
えー。
なんか、釣り合っていない気がする。
まあいいか。
「標の君のが出来てからになりますけど、それでよければ。」
「うむ。」
大地の君は満足そうにうなずいた。
一応足の大きさを測らせてもらう。私の手の親指から小指までの長さに、プラス中指一本分。標の君より、少し大きいかもしれない。
材料足りるかな。
自分の部屋で、室内履き用の布やウール綿を見ていると、外から声がかかった。
「ディラーラさん?」
「はい。」
「ちょっと。」
あー。この言い方は、何か叱られるか何かだな。
覚悟して部屋を出ると、女官が数人、仁王立ちになっていた。
やや見下ろされる形になる。
「なんでしょう。」
「あなた、王太子殿下にもちょっかい出してるんですって?」
ちょっかい。
「あのー。何のことやら。」
「あなたは標の君の側室でしょ?まさか王太子殿下の側室を狙っているの?」
え。え。え。突っ込みどころが多くて、どうしたらいいか分からない。
「ですから、そ、側室というのはですね・・。」
「今朝、殿下のおみ足に触っていたと、殿下の侍従から聞きました。」
あー。それは確かに。
思わずうなずくと、きゃーとかひーとかみたいな声が上がった。
「どういうこと。」
「標の君のお留守の間に、まあなんてこと。」
「王太子殿下まで籠絡しようとするなんて。」
「お待ちください!」
急に誰か割って入ったと思ったら、いつもの小間使いさんだった。
あ、シースさん。ナイスタイミングです。




