第21話 どうしてですか
その翌朝も、厨房の外階段で朝食を食べた。
そろそろ涼しいを通り越して、寒いかも?という気温だけど。
そのうち、井戸の方でざぶざぶまた水音がし始めた。
階段の上を覗くと、やっぱりまた大地の君が水浴びをしている。
上半身裸。
いい腹筋。
眼福~。
やがて
「お前は、覗きが趣味か?」
と振り向きながら言われた。
気付かれていた。
音をさせないように、見てたんだけど。
仕方なく、階段を上がる。
「殿下こそ。向こうの井戸は、まだ直らないんですか?」
「直ったが、こちらのほうが俺の部屋に近くて便利だったのでな。」
あー。そうですか。
「馬の毛はむしったのか?」
「・・ブラッシングした後の毛をもらいました。」
「で?」
「まあ・・・もうちょっとかかります。」
そのままでは、毛に着いた油分で、インクがはじかれてしまう。一度石鹸とかで油分を落とさないと、筆先としては役に立たない。
「お前は変わっているな。標が惚れるのも分かる。」
「ほ。」
惚れるとは。びっくりして声が引っ込んだ。
大地の君は笑う。
「なんだ。側室候補だろう。皆言っているぞ。相当変わり者だ、あれで妃が務まるのか、とな。」
「ええ?」
頭が真っ白で言葉が出てこない。
「あの、前にも言いましたけど、側室候補ではありません。」
「そんなの、お前が思っているだけだ。」
大地の君はガシガシと体を拭いて、ぺっとその布を放った。後ろで侍従が慌てて拾う。
「まぁ覚悟しておけ。」
「あのっ!どの辺が変わってます?」
思わず聞くと、大地の君はハッハッハと大笑いした。
「そういう所だ。そもそも俺にそんなに馴れ馴れしく話しかけてくる女など他にいない。」
あ、そうかも。
失礼しました。
「足を丸出しにして走ったとか、他の侍女と一緒に食事を取らないとか。昨日は男の格好をしていたらしいな。その格好のまま厩に突っ込んでいったとか。色々聞く。エシル将軍の縁者でなければ、後宮を追い出されるレベルだ。」
そんなに噂が。
まだここにきて十日ほどしかたたないのに。
大地の君は、長ズボンも履き替える。引き締まった生のお尻がちらっと見えた。
やだーもう。目の毒~。やめてー。
大地の君は、言葉を続ける。
「だが標はな、王宮にいる普通に行儀のよい女は信用できない。母上の手先の可能性があるからな。だからお前はそのままでよい。」
・・・。
褒められているのか、貶されているのか。
確かに厩に行くのに、長いスカートだと裾を汚すと思って、長ズボンに履き替えて行ったけど。
みんなよく見てるんだなぁ。感心する。
しかも、噂のスピードが半端ない。
他に楽しみはないのか。
向こうに行きそうになる大地の君を、慌てて呼び止める。
「あの、どうして標の君を、戦争に行かせたんですか?」
聞かずにはいられない。
この先どうなるか分からないけど、原作では、標の君の人生の分岐点になる箇所だ。戦争に行かないで済むなら、行かせたくなかった。
大地の君は、少し考える風だった。
「標は後ろ盾が薄いから、王族として本人が有能だと知らしめる必要がある。もう成人していることだし、今回出陣することで、箔をつけようと思った。」
ええ。
なんか、標の君が思っていることと微妙に差がある。
標の君は、「扱いやすい馬鹿」を演じている。それは大地の君より出過ぎないためで、有能だと知られると色々ヤバいと思っているためだ。
いいのかな。
「心配か?」
「心配です。」
「そうか。だが万一にも怪我をしたりしないように、配慮してある。安んじよ。」
そう言われても。
大地の君は近寄ってきて、知らずに寄っていた私の眉間のしわを、ぐりぐり指で押した。
「そんな顔をするな。せっかくの美人が台無しだ。」
はい?
美人ですか?
「お前の母の事は知らないが、お前の祖母のアイカの事は聞いたことがあるぞ。王都中の名のある男がみな求婚するほど美女だったらしい。お前に似ていたのではないか?」
いや、ディラのおばあちゃん、会ったことないし。
あと、美人の基準も分からない。
前も言ったけど、ここの鏡は精度が悪い。一生懸命ピンと張った、アルミホイルみたいな感じなのだ。
見えるっちゃ見えるけど、若干歪んでいる。
美人なのかな。分からない。
「標の事は心配するな。まだ出発して三日ではないか。やっとトーラに着いたかどうかというところだろう。そんなのでは、ひと月も心が保たぬぞ。」
私の事を心配してくれている。
やっぱりいい人だ。
ただ、後宮のうわさ話の回りっぷりには、この先も驚かされることになる。




