第19話 女戦士はムリですか
原作では、標の君が南へ出征する時には、エシル将軍はクビになっている。
戦場までついていってはくれるものの、元の自軍を動かすことが出来ない。
標の君は出征を命じられ、百騎ほどの部下を連れてテュルン将軍の元へ向かうが、百騎では遊軍扱いだ。
しかも出遅れて、鷲羽国軍はやや形勢不利。
立て直そうと無理に前へ出たところを奇襲にあって、標の君は怪我をする。
形勢が逆転するのは、クムル将軍と南西を固めるオルクン将軍が、なんとか国王の承認を取り付けて、数日後に一万人の援軍を送ってくるからだ。
それなら最初から送っておけよ。
このシーンはね、本当、大地の君を恨むよね。
標の君は、お座なりな手当のせいで熱を出すが、それを言えず我慢し続ける。初陣で倒れたなんて、兄上の顔に泥を塗る、という訳だ。そして王都に戻った後、破傷風が悪化して寝付く。
くー、可哀そう。泣けるー。
でも今回エシル将軍は、標の君におそらく数千人規模の援軍をつけることが出来る。
標の君が怪我をする確率はぐっと下がるだろう。
初陣とか言いながら、ずっと後ろの方にいるはずだ。
戦の達人と言われたエシル将軍も、余裕をもって軍を進めることができるはず。
でも。気になるー。
「女の子が行く所じゃないから。」
標の君は困ったように、そう言った。
ついていきたい、と主張してみたんだけど。
ま、当然の反応だよね。
「それに遠いよ?馬で行っても五日はかかる。今回歩兵大隊が一緒だけど、片道十日以上かかるんだ。」
だよね。
だからこそ、原作ではすべてが後手に回るんだし。
「戦場まででなくっても、途中まで。だめですか?」
ほんと、心配だよ。
あれよ。原作の強制力ってやつ?
あんなのが働いてるんじゃないかと疑う。
もしそうだとしたら、たとえ千人の護衛がいたとしても、怪我する時はするだろうし。
それならなるべく近くにいて、私が!令和の知識を総動員して!標の君を救ってやる。
私がごねるので、とうとう標の君はエシル将軍に相談したらしい。
翌日、遠征の準備に訪れたエシル将軍は、「だめだ」と一蹴した。
「遊びに行くんじゃないんだ。女は無理。それにお前、馬に乗れないだろう。」
「歩いてついて行くのは?」
「あのなー、千人の男が自分の荷物背負って、一日四十マールを歩くんだぞ。」
「知ってる。私だってそれぐらい歩けるわ。」
「道々、立ちションしながら行くんだぞ。いいのか?道に小便の川が出来てるんだぞ?そこを歩けるのか?」
・・・。
ごめん。
それは無理かもしれない。
なめてたわ。中世ヨーロッパ。
エシル将軍の方は、たぶん私が、この時代の人間にしては潔癖すぎると気が付いていたんだろう。
まあ一応、お嬢さんだからね。
不思議ではないにしろ。
毎日お湯をもらって体を拭くとか。二日に一回は髪を洗うとか。下着は毎晩洗うとか。
トイレの壷は、絶対フタをしておくとか。
貴族のお嬢様でも、なかなかしないことを、私はしている。
だって耐えられないんだもん。
いやー。エシル将軍、痛い所をついてくるわ~。
自分は結構ズボラな方かと思っていたけど、そうでもなかった。
ほんとに、王宮とかは皆で掃除しているし、一応下水施設があるので快適に生活しているけど、一度ここへ来るときに見た街は、馬の落し物とかで結構歩くの大変そうだった。
道の真ん中に、溝が切ってあって、そこをどんぶらこといろんな物が流れていた。
思いだすと、ちょっと寒い。
「ば、馬車とか。今から馬に乗る練習して・・・」
最後の抵抗を試みる。
でかい伯父さんは私を見下ろして、はぁ、とため息をついた。
「だからやめておけ。往復するだけでひと月近くかかるんだぞ。女はいろいろ障りがあるだろうよ。」
完敗でした。
すみません。
そこまで気を遣わせてしまうなんて、私が悪かった。
でも不思議だなぁ。
ここは一体、どこなんでしょう。
「鷲羽国物語」は歴史ファンタジー小説だ。本の中の世界だとしたら、いわゆる下ネタとかありえないし、もっとお上品に話は進むだろう。
「アイドルはトイレには行きません。」的な感じに。
かといって、実際の歴史の中に鷲羽国なんてないし。
じゃあ異世界か、と括ってしまうには、私の存在が異質だ。
私には、生まれた時からのディラとしての記憶がないから、転生ってことはなさそうだし。
夢オチの可能性は捨てた。
召喚されたって訳でもない。
いったい何なんでしょう。
三日後、標の君は出征のため王都を出た。もちろん、エシル将軍麾下の二千人と一緒だ。
私は結局お留守番になった。
しょうがないよね。
帰ってくるまで一か月半。
頼むよ。
無事でいてね。