第18話 呼び出し
その翌々日の事。
約束通りエシル将軍が送ってくれた、度数の強いお酒や服なんかを受け取った。さすがですね!仕事が早い。
ペンとインクもある。
ただ、紙は別便だった。
めっちゃめちゃ重い。紙だけで三キロぐらいある。
しまった。
A3百枚は多かったかもしれない。
こんなんだから、この世界は文盲が多い。
字を練習する道具がないのだ。
だから誰かに何かを伝えたいときは、全部伝言。
アナログすぎて、涙が出る。
手紙ですら、貴族とか一定の富裕層以上でなくては使わない通信手段なのだ。
まあ、これでいつでも、王宮の外と連絡が取れるとほくそ笑んでいる所に、国王陛下がお呼びです、と遣いが来た。
私じゃない。
標の君に。
思わずついて行こうとすると、あなたはだめ、と止められた。
冷静に考えればそうかもだけど。
でも、侍女だし。
王宮の入り口とかまでなら大丈夫でしょ、と駄々をこねて、ついて行った。
王様に呼ばれるって初めてじゃない?
急いで略礼装に着替えさせたけど、標の君、大丈夫かな。
中庭をぐるっと回って、王宮の脇から中へ入る。
入ったところは意外に狭い。
四畳半みたいな部屋がいっぱいくっついていて、それをあっちのドア、こっちの階段と進んでいくので、自分がどこにいるか一瞬で見失う。
こんなんで、普段使うのは不便なんじゃないかなぁ。
まあ攻められたときは、敵を惑わすことができるだろうけど。
ていうか、廊下っぽい廊下がないんだよね。
廊下が部屋の一部なのか、部屋が廊下の一部なのか。
どこを開けても六畳か八畳ぐらいの部屋で、椅子とテーブルが置いてある。
結局、ここが通常使われているんだろうなと思われる広いホールに出ると、私はそこで待たされた。
標の君一人で、謁見の間へ進んでいく。さすがに緊張は隠せない。
頑張れ。
私がついてる。
何があっても、絶対幸せにしてみせる。
いらいらと待つこと、小一時間。
やがて、標の君が足音も軽く戻って来た。頬もふわっと赤い。
「どうでした?」
急いで聞くと、
「出征が決まった。初陣だ。南の国境へ行く。」
オーマイガッ。
「こ、断れないんですか?」
「断る?なんで?大丈夫だよ。早速準備をしなくちゃ。」
むしろ標の君は嬉しそうだった。
えー。
どうしてよ。南へ行っちゃダメだよ。
元来た道をすいすい戻りながら、標の君は鼻歌が出そうな気配だ。
「なんか嬉しそうですね。」
「兄上が、僕に行って欲しいんだって。そんなこと言ってもらうの、初めてなんだ。」
一度通ると、この細かい部屋を突っ切るのも、大体方向が分かる。
「こうなると、王都にいてよかった。もし僕が留守にしたままだったら、セレイと連絡がつかなくて、手遅れになるかもしれなかったからね。」
セレイというのは、標の君の数少ない友人のうちの一人だ。
王都の南の門を守るクムル将軍の末っ子で、剣の腕とかはからっきしだけど、その代わり母方の伯父さんについて商才を磨き、標の君の一個年上なだけなのに、今や鷲羽国で十指に入る大富豪だ。
自分だけの密偵網を持っていて、いろんな情報を標の君に送ってくれる。
この前のイナゴの知らせも、たぶん国王が知ったよりも早く分かったに違いない。
そうか。
原作だと、鷲羽国の南の砦の方にいるので、セレイからの連絡も遅れるし、砂嶺国の宣戦布告を知るのももっと後になる。
でもなぁ。
何でわざわざ行くのよ。
それで死にそうな目に合うかもしれないんだよ。
しかもちょっと嬉しそうなのが腹立つ。
私がいろいろ考えて、何とか鬱展開を防いでるってのに。
自分から怪我しに行ってどうすんのよ。
私が眉間にしわを寄せているのを見て、標の君は私の頬をなでなでした。
「笑顔。でしょ。」
もー。今それ言う?
ていうか、ちょっと距離近い?
「心配してるの?」
「だって・・戦争ですよね?怪我とかしたらどうするんです?」
目の前のドアを開けたら、中庭に出た。急に明るくなった。
噴水があるけど、植栽のせいで見えたり見えなかったりする。
標の君は、大きな瞳を瞬かせて、微笑んだ。
「大丈夫だよ。エシル将軍がついて行ってくれるから。それも、第三騎士団全部と、歩兵二個大隊をつけてくれるって。すごいよね。」
おお。
それって結構な人数じゃない?
標の君が襲われなくても済む、かもしれない。
大丈夫。なのかな。
信じてもいい?どうしたらいい?
いいね・お気に入り登録をしていただけると励みになります~☆彡