第16話 いつ見ても美少年
午後、標の君の居室でまったり双六をしていると、急に女官がばたばたしたかと思うと、
「大地の君がお越しです。」
という先ぶれとほとんど同時に、大地の君が入って来た。
おお。これは渡りに船か。
「兄上!」
標の君の瞳が輝く。ほんとにお兄さん好きだなぁ。
「どうだ、標よ。何か足りぬものはないか?困っていることは?」
いつ見てもイケメン。
大地の君は、部屋をぐるりと見渡して、私を見てにやりと笑った。
「女官を突き飛ばして、スープをぶっかけたそうだな!」
え、ひどい。
「うっかりぶつかっただけです。」
言い訳すると、大地の君は、はっはっはと大きな声で笑った。
「うっかりか。まあせいぜい行儀を習うがいい。」
大地の君はそう言って、弟君を振り向いた。
「エシルが心配していたぞ。王子宮の食事が口に合わぬのではないかとな。」
「兄上に、お礼を申し上げようと思っていたのです。」
標の君は、急いでそう言った。
「今日の朝食はとてもおいしかったのです。王子宮で初めて、温かいパンとスープを頂きました。」
「ほう。初めて。」
大地の君はそう言って、ちらりと入り口付近に控える女官たちを見た。
「まあよい。次にまた、冷たいパンがでるようなら、何人かの女官の首を刎ねなくてはならんかもな。」
女官たちが震えあがるのが、少し離れた場所からでもはっきり分かった。
おー、こわ。
大地の君は、戦場の勇者だ。
何年か前の、東の羊蹄国との戦いに出征し、自ら数十人の兵士を切った。
人を切るのに慣れている。おそらく本当に、使用人を切ったことがあると思う。
「明日、エシルをこちらに寄越す。ゆっくり話すとよい。」
「あ、ありがとうございます。兄上。」
「時間が取れなくてすまぬな。俺はこれから午後の謁見だからな。だがなるべく来るようにする。」
時間にして、ものの十分とかそれぐらい。
軽く手を振って、大地の君は部屋を出て行った。
忙しい人だなぁ。
そうそう。何となく、今後食事は、毎回標の君と一緒に食べることになった。
私が運ばないと、料理に何が入っているか分からないし。
一緒に食べた方が、標の君が喜ぶし。
もうそうなると、エシル将軍の家にいた時よりも、一緒にいる時間が長い。
楽しいけどね。
推しと一緒に食事して、推しと一緒に散歩して。推しの服も整えて。
家事はやってもらえて。
幸せ~。
見慣れたとはいえ、標の君は何度見ても、いつ見ても美少年だし。
ただ、友達できるかも、とサディナが言っていたけど、それは無理そう。
やっぱり後宮の主には逆らえない、ということなのか、同じように行儀見習いに上がっている貴族のお嬢さんたちは、全く近寄ってこない。
あと、どうも私が標の君の側室候補だ、という噂は、すみやか~に広まったみたい。
そうなるともう、仲良くしづらいよね。
うん。なんか分かる。
違うんだけどなー。
どのタイミングで元の世界に戻れるのか分からないけど、元のディラが戻った時、いきなり側室になってるとか可哀想じゃない?
そこは気を付けたい。
翌日、エシル将軍がお昼前にやって来た。やっぱり入り口でつっかえている。
「どうだ?」
何がどうなんでしょう。
「王宮に戻って、後悔していないか?」
聞かれて、標の君は困ったようだった。
「今の所はね。」
標の君は、王宮に居場所がない。
それはもう、物語の全編通じてそうだ。まだ国王が存命だというのに、ほぼ顧みられないし、王妃からはあからさまに嫌がらせされている。
でももう、実のお母さんは死んでいるし、家もない。
物語の最初の方で、標の君が友達に語るシーンがある。
「僕は兄上の予備だ。しかも扱いやすい馬鹿でなくてはならない。」
そう。
めっちゃ賢いのに、それが発揮される場面はそんなに多くない。
元々おっとりした性格だけど、王宮に来てからはなおさら、にこにこしているだけだ。
大地の君がいなくては、もうそんなに耐えられない。
でも、そんな王宮に帰らせたのは私だ。
だから、標の君の幸せのために頑張る。
「欲しい物がいっぱいあります。」
横から割って入る。
「何だ?」
「紙。紙がいっぱい欲しいです。とりあえず、百枚。」
エシル将軍は、軽くのけぞった。百枚で二十万円の紙。なかなかだ。
「そんなに?中古紙でもいいか?」
中古紙って何かと思ったら、不要な羊皮紙の表面を削って、もう一回白紙にする技術があるらしい。新品よりずっと安い。
おおー。さすがにね。
それでいいです。
「あと、他に欲しいものと言ったら・・」
エシル将軍は、口がへの字になって、ちょっと逃げ腰になった。
「まだあるのか。」
ふっふっふ。まだあります。