第15話 おいしい朝食
「手でパンを引き裂いて振り回したって聞いて、どんな野蛮人かしらとみんな噂してたわ。」
「ねぇ?」
「まさか体当たりして来るイノシシ女だったなんて。」
「申し訳ありません!!」
大きな声で威嚇すると、女官二人はびくっと肩を震わせた。
「私!厨房へ行って、殿下の新しい朝食を取ってきますわ!!その服は、後ほど私が洗濯しますから!今すぐ脱いで、渡してください!!」
「なっ。」
今すぐ脱げなんて馬鹿じゃないの、とか何とか言っている二人を置いて、厨房へ向かう。
「待ちなさい!」
後ろから追いかけて来る声がするが、気にしない。
「すみません、トレーを落としてしまったので、殿下の分の新しい食事をくださいな。」
「殿下?大地の君?」
「標の君です。」
もしかしてここで差が生まれるのか?と見ていたが、料理長はさっさとお皿を用意して、卵を焼き、熱々のスープをよそって、こちらに持ってきた。
「ワゴンで運んでいるだろう。鍋で持ってった分も全部落としたのか?」
「・・はい?」
すごく引っかかるぞ。いろいろ引っかかる。
でも今は、まず朝食だ。
歩きにくいワンピースを膝の上で括って、トレーを受け取り、ダッシュで標の君の所へ持って行く。
ダイニングルームでは標の君が待っていて、私が入っていくと、嬉しそうに微笑んだ。
「おはよう。」
ああー、癒される。
朝からささくれ立った心が、ほっこりする。
「その足・・・ちょっと。」
目をそらしながら指摘されて、急いでスカートをほどく。
はしたなくってごめんなさい。
「先に召し上がっててください。私、自分の分を取ってきますから。」
身を翻すと、またスカートのすそを踏んだ。イヤになる。
やっぱりズボンだな。
もう一回裾を絞って、厨房を往復した。
やっと席につく。
「お待たせしました!」
先に食べてて、と言ったはずなのに、標の君は手を付けずに私を待っていた。
「君はいつも楽しそうだな。見ていてこちらも楽しくなるよ。」
・・・。まあ、楽しんでもらえればいいんですけど。
食。
おいしい。
うん、普通においしい。特に、焼き立てのふんわり丸パンが、切ったところからふわふわんと湯気が立つ。
「おいしい!」
標の君が、声を上げた。
「驚いた。王宮でも、こんなおいしいのが食べられるんだね!」
素直な感想なんだろうけど、めっちゃ皮肉だ。
向こうで、給仕の女官が能面みたいな顔で立っている。
「国王陛下や兄上と同じ食事だから、文句言っちゃいけないと思ってたけど、あんなまずいの、ほんとに気の毒だと思ってたんだ。」
あ。
違う。素直な感想なんかじゃない。この人は、分かっていてあの女官に聞かせている。
きらきら笑顔だけど、案外皮肉っぽい。
小説では見なかった一面だ。
そもそもこの人って、すごく賢いんだった。
おっとり弟王子の立ち位置で話は進んでいくけど、五年以上も王立学問所に閉じ込められて、他にすることもなく勉強三昧。
そりゃ賢くもなるって。
推測だけど、標の君の食事は、おそらく丸一日どこかに放っておかれていた物だ。
つまり、昨夜食べた食事は、おととい作られたものだということだ。
でないと、あのパンの固さは説明できない。
厨房からやってくる出来立ての料理は、どこかの部屋に置かれて、そこにあった料理が、標の君のもとに運ばれてくる。
なんでやねん。
思わず関西弁でつっこむ。
どこの誰がそんな面倒なことを。
そこで思い出す。王妃の嫌がらせか。そーゆーことか。
標の君も、分かってたら対処しろよ。なんでおとなしく、嫌がらせされてんのよ。
「料理人が替わったら、こんなにおいしくなるなんて。」
標の君は、スクランブルエッグを、しゃきっとしたレタスの葉で巻いて、頬張る。
「やっぱり兄上にすることに間違いはないね。」
あ、料理人のせいにした。
「さっそく大地の君に、お礼を申し上げなくては、ですね?」
「そうだね。」
表立って対処すると、違う所で嫌がらせが来るから、とりあえず我慢していたのかな。
だけど食事って毎日の事だからね。
それにしても、昨日帰って来たばかりだって言うのに、さっそくの歓迎っぷり。さすがです。
現状を訴えるにも、とにかく後宮の主が王妃なので、誰も逆らえないのだろう。
国王か大地の君に言うしかないのだが、これが非常に手間がかかる。
まず直接会うのに、アポイントメントがいる。
でなければ、謁見室で順番を待つ。弟でも待たなくてはならない。
手紙を渡すのが早いけど、前にも言った通り、基本的には紙は常備されていない。誰かに買いに行ってもらわないと。
あー。なんて面倒くさい。
そりゃ我慢しようかな、て気にもなるよね。
だけど、標の君の幸せは私が守ると決めた。
次はなんだ。
かかってこいや!