第14話 大奥的ななにか
お皿を下げる女官の後をつけて、厨房の場所を確かめる。
王子宮の中の、半地下部分。
今は料理人たちがいて、明日の仕込みやら、戻ってきた皿を洗うやらしているので、中には入れない。
「新しい料理人と入れ替えろって言われてもなぁ。」
声が聞こえる。
「何がお気に召さないんだか。雲の上の人の考えることは分かんねぇ。」
「仕方ねぇ。全員は無理だからな。まあ何人か入れ替わってりゃ、言い訳もたつ。明日からよろしく頼むわ。」
どうも料理人は一部入れ替わったらしい。
しかも、なぜ入れ替えを命じられたかの心当たりが無さそうだ。
もしかして最初から料理がまずい?
それか、ここを出た後に、料理に何かしら手が加わった?
最初からまずかったとしたらサイアクだなぁ。
でも王宮の料理人が、エシル将軍ちの料理人より料理下手ってある?
「何か面白いものが見つかった?」
そっと声をかけられて飛び上がる。横にもはや見慣れた美少年の顔がある。
「殿下。待っててくださいって言いましたよね?」
「えー。だって面白そうだし。君、ちっとも帰ってこないし。」
はい。夕食もそこそこに、部屋を飛び出したのは私です。
「もう戻ります。」
探りを入れていたことがバレないうちに。
こそこそと、元の標の君のダイニングルームに戻る。
こういう時、照明が蝋燭しかないって、助かるな。特に半地下は光が届きにくい。
よし。勝負は明日の朝だ。
翌朝。
ベッドが替わって全然寝られなかったけど、むしろよかった。
まだ朝早い時間帯に、チュニックと長ズボンに着替えて厨房へ向かう。やっぱりこの恰好が動きやすい。
女官たちはまだどこにも見かけない。
厨房の辺りはさすがに人の気配がする。
のぞき込むと、二つある竈と、二つある薪ストーブを使って、どんどん料理が作られていた。
特に、スープっぽいものが作られている寸胴は、幼児なら泳げそうなぐらいの大きさだ。
裏口の階段近くで、ジャガイモをむいている人がいたので、こそこそ近寄って話しかける。
「ジャガイモ剥くの、手伝っていい?」
「ああん? 新入りか?」
こちとら、高血圧のじいちゃんの食事を、三年半も作って来たんだぞ。
ジャガイモぐらい、へのかっぱだ。
へのかっぱって何?
しかし。ピーラーと違って、小型のナイフで剥くのはなかなか難しい。
くそー。
せめて日本風の包丁だったらよかったのに。
でもまあ、やれないことはないので、一個ずつ剥いていく。
「このスープって何人分なんですかねー。すごい量ですよね。」
話しかけてみる。
「おおよ。まあ、俺たちのまかないも含めて、三百人前はつくるからな。」
「ふおー。大変ですね!王族方のも一緒なんですか?」
「こういうのはな。一度に沢山作った方がうまいんだ。」
なるほど。確かに。
スープを煮ている薪ストーブの下のピザ窯みたいなところから、焼き立てのパンがどんどん出て来る。
あー。おいしそう~~。
ふっくら丸い、ブールに似たパンだ。ほかほか湯気を立てている。
一つの鉄板に十個ほど乗っているが、入れ替わりに、まだ生のパンだねが窯に押し込まれていく。
王族の分だけじゃなくて、住み込みの女官とか料理人とかそういった使用人たちの分も、物によっては一緒に作るということだ。
「朝は、スープとパンと、昨夜の残りとかでメシだ。王族方は他に卵料理と果物だな。」
野菜の下処理をしながら、徒弟さんが教えてくれる。
ありがとう。OK。了解した。
お礼に、いっぱいジャガイモを剥いてあげた。
急いでその裏口から出て自分の部屋に戻り、女物の服に着替えて、標の君の部屋に向かう。
朝食の用意は?
よし。まだだ。
昨日は、いくつかのトレーに乗せて、女官たちが静々と運んできた。
今回も、きっと同じだ。
とにかく彼女たちが持ってきたものは、途中で絶対何か細工されている。どうやったら食べないで済むだろう。
自分で取って来るのが一番早いのか。
考えながら厨房に向かおうとすると、階段の踊り場で、トレーを持った女官にぶつかった。
「きゃー」
悲鳴とトレーが落ちる音。お皿が割れる音。
「ごめんなさい!」
一応謝ったが、すぐに気が付く。
スープが冷たい。
ついさっき、あんなに熱々だったのに。
「まあ!あなたですか。いい加減にしてください。これ、どうするんです?」
女官がべしょべしょのスカートをつまみあげる。
「来たばかりなんだから、うろうろしないでください。」
「殿下の側室候補だからって、つけあがってんじゃないの。」
小さめの声で、後ろにいた女官が悪態をつく。
おおー。
いいね。女子校みたいな展開だわ。