第13話 魔窟へようこそ
滅多にわがままを言わない標の君の、たってのお願いに、大地の君は二つ返事だった。
つまり、さっそく王子宮の中の、侍女たちが住む区画に私の部屋が出来たということ。
門の所で待っていたサディナに連絡が行って、彼女は
「じゃ、ディラをよろしく。」
の言葉を残して帰って行った。
あー。流されてるわー。
私はどうなるんだろう。
もうこのままディラとして生きていくのかな。
元の私はどうなってるんだろう。元のディラの中身はどこへ行ったんだろう。
いくら考えても仕方ない。
数時間後には、サディナが娘のために用意したのだろう、服や小物や生活用品なんかが届き始めた。
素早い。
とにかくこうなった以上、標の君が幸せになるのを見届けよう。
まずは兄君と仲直りさせた。
ということは、戦争のために南へ送られるということもなくなった。
負傷して、死にかけることもない。
気がかりなのは、負傷した後、療養のために出かけた王家の別荘で出会うはずだったリナだ。
標の君の、運命の女性。
明るくてかわいくて、標の君はみるみる彼女に惹かれていく。
怪我の後遺症で、手足が動きにくく、言葉も出にくくなる標の君は、小鳥のように朗らかでくるくる働くリナに、心を救われていく。
でも、怪我をしなければ、彼女と出会う事もない。
ていうかよく考えれば、出会う必要もない、んじゃない?
そっか。
まあ、リナは可愛い娘だけど、標の君が元気なら、無理に会わなくても大丈夫。のはず。
「標の君がお呼びですよ。」
部屋でぼぅっとしていると、女官の一人に呼ばれた。
ここ王子宮には、王族の世話をする女官が数十人いる。下働きはまた別にいる。一応、それぞれ担当の王族がいるんだけど、標の君のお世話をする女官は少ない。
急いで、メイドや女官たちが寝起きする別棟から出ると、入り口のところで、もじもじと標の君が立っていた。
「お呼びですか?」
「そのぅ、王宮初めてだと思うから、一緒に回らない?案内するよ。」
くぅ~。気を遣ってくれたんだ。
嬉しい。可愛い。
やばい。惚れる。
私は五歳上。五歳上の女子大生。念仏のように心の中で唱える。年上だし、中身は異世界人だ。
二人でとりあえず中庭を歩く。
敵の侵入を防ぐため、お城全体が迷路のようになっている。
表側の王宮は、行政のための事務所なので、さっと入れるけど、裏側の後宮部分は、どこを歩いているかすぐ分からなくなる。
王宮はレンガ造り。後宮つまり王妃宮や王子宮は石造り。それで居場所を判断する。
後宮は一見すると一つの建物に見えるけど、中から見ると、別々に建てられたいくつかの建物が、渡り廊下で繋がっているんだと分かる。
「迷うよね。」
標の君は笑う。
たそがれ美少年も、王宮に戻ったので、あのセンスの悪い古着はやめて、もうちょっとパリッとした若草色のチュニックに着替えている。ますます美しい。
微笑みかけられると、きゅんとする。
「中の廊下でも繫がってはいるんだけど、急ぐときは一度外へ出た方が早いときがあるんだよ。」
四角い観音開きの扉は王妃様の宮に。
上がアールになっている、両開きドアは、大地の君の宮に。
四角い片開きのドアは、標の君の御座所に。
それぞれ最短で行ける。
ふんふんと、話をしながら中庭を散歩する。
この中庭にも謂われだの仕掛けだのが色々あるらしいが、そこは割愛。
標の君の侍女なので、まずは自分の部屋から標の君の部屋までの最短ルートを覚えなくてはならない。
一周ぐるりとしたところで、夕食の時間になった。
そういえば、お昼を食べていなかった。エシル将軍の家を出る時に、軽く食べたっきりだった。
めちゃめちゃお腹空いた。
一緒に食べよう、と誘われて、のこのこついて行ったら、エシル将軍家の食堂の、三分の一ぐらいの大きさの部屋に通された。
六畳あるかないかぐらい。そこに、ダイニングテーブルが置いてある。
まあ、コンパクトでいいけど。
そう思いながら席について、運ばれてきた料理に手を付ける。
まずい。
あれ?
標の君は、黙々と食べている。そして
「ごめんね。エシル将軍ちの方がおいしかったよね。」
謝られた。
いやいや、そういう問題じゃない。
念のため、標の君の方に並んだ料理も、一口ずつ味見させてもらう。
まずい。
同じだ。
パンはかちこちだし。ポタージュは塩辛い。ミートローフはちょっと傷んだ肉の匂いがする。サラダはしなしな。
おかしいでしょ。
そりゃ冷蔵庫なんてない世界だから、お肉が傷みやすいとか、それぐらいは許容範囲だよ。
しかしだからこそ、燻製の技術とか、香辛料の交易とか、そういうのが発展するんでしょうが。
絶対わざとだ。
昨日、大地の君が料理人を何とかするみたいなことを言っていたけど。
料理人の腕の問題じゃない。
ただの嫌がらせだ。
かちこちの丸パンを、思いっきり引きちぎる。
パンの皮が辺りに飛び散った。
ドアのあたりに控えていた、給仕の女官が、ぎょっとした顔をする。
なんかこう、ふつふつと怒りがわいてきた。
見てろよ。
令和の女子大生を怒らせると、どうなるか。