第12話 仔牛を乗せてゆく
馬車に揺られている間、ドナドナの歌が脳裏に流れていた。
溺愛ルートとか、ホントにやめて。
私は、美しい標の君の顔を遠くで見守りつつ、出来れば田舎でスローライフとかがよかった。
本音を言うなら、元の世界に戻りたい。
でも今馬車から飛び降りてもどうしようもないので、とりあえず王宮までは標の君のお供をしましょう。
私が暗い顔をしているので、二人乗りの馬車を操っているサディナが、さすがに方向転換にかかった。
「まあ、あなたには王宮勤めは荷が重いわよね。行儀見習いでしばらくいたら、戻ってきなさい。」
「しばらくってどれぐらい?」
「そうね、まあ半年ってところかしら。」
半年か。
「大丈夫よ。私も行ったことがあるし。他にも行儀見習いで何人かいると思うから。友達がいっぱいできるわ。」
「はあ。」
そう言われても。こっちで友達作ってもなー。
などと思っているうちに、馬車は王宮へ着いたようだった。
降りるように言われて、見ると、馬で来ていた標の君とエシル将軍も、馬を馬丁に預けていた。
サディナはそこでおいて行かれる。
しかし広い。どこへ行ったらいいか分からない。
レンガ造りの建物は、どこからが中でどこからが外なのか、いまいちよく分からない。
軽く丘の上になっているので、小さい階段があちこちにある。
運動不足のディラの体では、すぐに息が切れる。
前を進むエシル将軍に一生懸命ついていくと、不意に。
「約束通りに来たな!」
と声がした。
目を上げると、中庭っぽいところに出ていて、そこに大地の君が仁王立ちになっていた。
はいはい。来ましたよ。
「殿下。しばらく王都を留守にしておりました。申し訳ございません。」
エシル将軍が、膝をついた。
「よい。」
大地の君は、さくっと一言で許す。
「標が無事に戻ればよい。そなたも自分の仕事に戻れ。」
「は。」
細かい事は詮索しないから行け、という大地の君の態度に、エシル将軍もややホッとしたようだった。
正直このタイミングで「叛意あり」とか言われてもおかしくなかった。
が、標の君大事の兄君は、そこは不問にすることにしたようだ。
よかったよかった。
名残惜しそうなエシル将軍が中庭から去ると、大地の君は弟君をぎゅっと抱きしめた。
「心配したぞ。」
ふお~。
いいね。イケメン&美少年。
行け。そのままBL展開に持って行ってしまえ。
しかし残念ながら標の君はノンケだし、最終的に大地の君の片思いっぽい感じで終わる。
ていうか、ただただ弟を溺愛しているだけなんだろうとは思う。そもそも「鷲羽国物語」はBLの括りではない。
でもな~。
まあ、見ているだけで目の保養にはなる。
「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。」
標の君が頭を下げると、大地の君はうなずいた。
「うむ。迷惑をかけたという自覚があるなら良い。今後、出かけるならばどこへ行くか、いつ帰るかを明確にするように。」
え、そんな買い物に行くみたいな。
確か今回、二か月近く王都を離れていたと思うんだけど。かなりの数の捜索隊を出したはずですが。そこはいいんですか?
心の中で突っ込みを入れていると、大地の君がこちらに向き直った。
「ディラーラ。ご苦労だったな。今日は普通の格好なんだな。」
「当たり前です。」
ここでは一般的な、ダラッと長いワンピース。階段で何度も踏んだ。
「標の君を確かにお届けいたしましたので、私はこれで失礼いたします。」
ぺこっと頭を下げる。
もしかしてこれで、さらっと帰れるかなー?と期待したが、そうは問屋が卸さない。
「兄上、あの、ディラを僕の侍女にしたいんですが、いいですか?」
半歩ばかり下がった私の腕を、標の君が慌てて掴んだ。
えええ。
大地の君もびっくりしている。
「ん?側室か?」
だから、違うってーー!