第11話 最初からそれを狙っていた
翌日。
靴屋さんが来るより早く、サディナがやって来た。
エシル将軍が知らせたに違いない。
「おはよう!ディラ!」
相変わらず、たくましい感じの人だ。
うん、顔は似ている。この子の骨格はたぶんお父さんに似たんだな。
「あなた、殿下に王宮へ来るように言われたんだって?」
「あ、そ、そーなんです。でも私、急に王宮って言われても・・・」
困る。
外身はディラだけど、中身は令和の女子大生です。
この国の常識も何も全然分からない。うっかり標の君の立場を悪くしたら、元も子もない。
助けてー。
王宮に行かなくても済むように、なんとか標の君を説得して。
目で訴えていると、サディナはにこにこと私の両肩を抱きしめた。
「頑張りなさい!殿下に直接お声をかけていただけるなんて、名誉な事よ!」
がーん。
さらに追い打ち。
「最初っからそれを狙ってたんだから。うまくいってよかったわ!」
はい?
えーと、えーと。
今、なんと?
サディナは、ぐるりと私の部屋を見回した。
「うちの家格じゃ、殿下の正室になれるかどうか微妙なところだけど、血筋は悪くないのよ。あなたのひいひいおばあさんが、王女だったんだもの。」
えーと。何を言っているのか分かりません。
「ほんとにね!何が起こるか分からないものだわ。うちで一番のぼんやりさんだったあなたが、殿下の側室に上がれるなんて。後の事は心配しないで。出来るだけのことはしますからね!」
そっ、側室。
側室ってあれだよね。妾妃。非公式のヨメ。
「側室なんて、聞いてませんけど。侍女だって。」
声がほんとに蚊の鳴くような小ささになった。
サディナは、不敵な笑顔を浮かべた。
「あら、そう?でも殿下のお声がかりで、おそばに上がるんでしょ。みんな側室だって思うわよ。いいじゃないの。これで男の子でも生んだら、一生安泰。もしうまくいかなくっても、王宮からの恩賞で暮らせますからね。」
えええ。
そう言われても。
頭が真っ白で、回りません。
どゆこと?どゆこと?
標の君には、運命の女性がいる。
後半、破傷風の後遺症に苦しむ標の君の、心の支えになる人だ。
ただ、結婚は出来ない。
その女性には、出会った時にはすでに婚約者がいるし、砂嶺国との戦争で勝ったのち、人質としてやってきた砂嶺国の王女との結婚を勧められるからだ。
ディラの出番はない。
はず。
「でも、私、王宮の事なんて何も知らないし。」
「大丈夫!まかせなさい。あなただって、史上最強と言われたエルデム将軍の孫娘なんですからね!胸を張って王宮に上がりなさい。」
サディナは、意気揚々。
絶句。言葉が出ない。
だめだこりゃ。
行くしかないのか。
靴屋が来たと知らされて、ロビーの方に行くと、標の君が椅子に座って、靴を試し履きしていた。
革の色を茶とオレンジのコンビカラーにしてもらったが、似合う。もっと派手でもいいぐらいだ。
ファスナーとかレースアップが出来ないので、通常ひざ下から足首まで深い切れ込みが入っていて、騎乗時以外は折り曲げて履くが、そこにおしゃれなベルトをつけてもらった。
いいよね。似合う。
いやそれどころじゃないけど。
「殿下、あの、私、側室として王宮に上がるんですか?」
直球で聞いてみる。
標の君は、耳たぶまで真っ赤っかになった。
「ええ?!いや、まだそこまでは考えていないけど。」
『まだ』って言いましたよ、この人。
サディナと、エシル将軍が目を見交している。
ごほん、と将軍が咳払いした。
「サディナ、先走るな。まずは侍女としてな。」
「そう?まあ、そのうち兄さんの養女にしてもらってからでもいいわね。」
ぐいぐい来るサディナに、もう一回将軍が咳払いした。
「とにかく、靴も届いた事だし、王宮に移動するか。荷物をまとめよう。」




