第10話 好きなタイプのイケメンだが
「バレた?」
夕食の時のこと。
今日、大地の君が急に来たことを話すと、エシル将軍は固まった。
こっちから手紙を送ったことは内緒だ。
標の君も、なぜ居場所がばれたのかは分かっていないみたいだったし。
「そうか。バレたのか。」
エシル将軍は、ため息をついた。
こちらはこちらで、たぶん国王軍の詰所をうろうろしたので、バレたんだろうと思っているに違いない。
「どうする。」
「王宮に戻るよ。」
標の君も、ちょっとため息。
「いいのか?今すぐここを出ることも出来るんだぞ。馬で走れば、追手を撒ける。」
「いや。もう十分だよ。楽しかった。これ以上、兄上を怒らせる前に戻る。」
私の命がかかっている、とは言わない。
つい二時間ほど前。
茫然と、大地の君が去っていくのを見送る私の肩に、標の君がそっと手を置いて言った。
「大丈夫。僕が戻れば済むことだから。兄上はあんな言い方するけど、ただ僕の心配をしているだけだから。そんな顔しないで。」
そんな顔ってどんな顔。
いやでも、なかなかの衝撃だった。
あのクソイケメンめ。
王宮に戻るつもりだったとはいえ、私の命がかかったら、他に選択肢がなくなる。
そんな追い込まれた状態で標の君を王宮に返したくはなかった。
腹立つ~。
でももう、この機会を逃しては、さらに大地の君を怒らせるだけだ。
戻るしかない。
いやでも最悪私、死んでもいいんだけど。死んだら元の世界に戻れるかもしれないし。
もっとも、戻れないかもしれないので、そこを試すのはまだちょっと先にしたい。
ただ分かったこともある。
ここは「鷲羽国物語」の中の世界のようだけど、改変可能だ、ということだ。
もしかしたら、手紙は届かないかも、エシル将軍の気が変わって、やっぱり靴が出来る前に王都を出発してしまうかも、という懸念があった。
だけど、大地の君はここまで標の君に会いに来た。
原作にはなかった出来事だ。
ここで仲直りできれば、後に戦争が起こった時に、前線に遣られることもない。標の君が怪我することもない。
よし。いい感じだ。
このまま標の君には幸せになって欲しい。
一人でうんうんとうなずきながら、ポタージュを飲んでいると、エシル将軍に怪しまれた。
「お前、何か企んでるな?」
「え?」
顔に出てた?
ポタージュこぼしそうになる。
「企むというか、ご兄弟の仲が良いのが一番だと思うので、仲直りされてよかったなーと思ってます。」
「まさか、俺たちを引き留めておいて、大地の君を呼んだんじゃないだろうな?」
うおー。鋭い。
さすが。
「ええ?私が?どうやって?王宮の場所も知らないのに。」
それは本当。
エシル将軍も、そうだなぁ、と考え込む。
「ま、お前がもうちょっと目端の利く娘なら、十七にもなって婚約者もなしってことはないか。」
オーマイガ。
こんやくしゃとな。
「え、ディラは婚約者いないの?」
標の君もびっくりしている。
おおう。
婚約者、デフォルトですか?
「そうらしい。前に聞いたサディナの話じゃ、嫁にやって返されるのも可哀そうだから、婿を取った方がいいんじゃないかと思うが、兄貴がいるからそれも難しい、て事だったんじゃないかな。」
エシル将軍の話に、ちょっと呆気にとられる。
結婚する前から離婚を心配される娘ってどんなの。
顔は悪くないのになー。
毎朝鏡を見るが、まあまあ可愛いように思う。
もちろん、前の顔とは全然違う。栗色のロングヘアーに、同じ色の眉毛。目の色は前に比べてやや薄い。鼻も高くて、ぶつけることもしょっちゅうだ。
自分の顔の車幅感覚が分からないってどういうことよ。
もっともここの鏡は、大体ちょっと歪んでいる。実は顔も歪んでいるのかもしれない。
「俺の配下に、いいのがいないか聞かれたことがあるけどな。しかし騎士の家ってのは、奥方がある程度しっかりしていないと回らないからなあ。宝石ギルドのギルド長の娘なんだし、商家の方がいいと思うんだが。」
どうも、このディラという娘は相当なぼんやりさんだったらしい。
エシル将軍の口調から、仲人をお願いされてもどうしようもない、という雰囲気が伝わってくる。
しかし話を聞いているうちに、標の君の目が、キラキラし始めた。
ん?
「ねえ、だったらさ。ディラも一緒に王宮に行けない?」
あれ?
なんか雲行きが怪しい。
「行けるよね? 身分も悪くないし、婚約者もいないし。」
標の君は席を立って、私のそばへ来た。
「どうだろう。一緒に来てもらえないか?」
ぎゅっと手を握られて、頭が真っ白になる。
「えーと。とりあえず、明日、お城までお送りしますけど・・」
この手は何?
「うん、で、そのまま僕の侍女として王子宮に上がって欲しい。」
美少年のキラキラ笑顔。
あ、まぶしい。