五話
「えっ、なんで知ってんの。天音が亮の分作ってるって」
「昨日、電話きたから」
「電話?」
「天音のお母さんから電話あって、天音がチョコ作ろうとしているって」
「なんで?」
「……、僕、食べれないから」
「えっ?」
「止めた方がいいのは分かっているけど、どうしても作りたいって言って、止めきれないかもしれないからって。ごめんなさいって……」
「……」
「僕、それ聞いてて。思わずさ、出しゃばって、『天音のチョコ、僕欲しい』って、言っちゃったんだ」
「だけど、食べれないって、さっき」
「うん。食べれない。食べちゃいけないんだ。火を通して、二時間以内のものしか、今は食べれなくて。お菓子とかも、封を開けて二時間経ったら食べちゃダメなんだ。だから、今日作った天音のチョコは、僕、食べれない」
「えっ、待って、じゃあ、今持ってくれば」
「いいんだ。いいんだよ、どっちにしろ、食べれない。あんまり、今は、食欲、ないんだ……」
「……」
「でも、欲しいんだよ。去年と同じように。二年前と同じように。欲しいんだ」
「……」
「本当の本当は、食べたいけど。それは無理だから、どうしても、僕、欲しいんだ」
「……」
「……」
「……、そっか。じゃあ、持ってこないとな。天音のお母さんが駄目って言ってたら、俺の分、持ってきてやるよ」
「ありがと……」
「天音、引っ張ってきても、持ってきてやる」
「ありがとう。……、ねえ、俊彰」
「なんだ」
「俊彰はさ。頭、良いよね」
「はっ? なんで、こんな時に」
「だってさ、言ってたじゃないか。漢字テスト、一夜漬けしたら九十八点だったって。朝早く起きて、二回見返したら、九十点だったって」
「それは、答えが先に配られてたから……」
「でもさ、それって、勉強したら、できるんだよ」
「……、うるせ」
「いつもは十点でも、きっと、勉強したら、できるんだよ」
「……」
「……、僕は、それが、今、少しだけ、羨ましい」
※
先を歩く天音を見つめ、俊彰は目を細めた。
空を見上げた天音が立ち止まる。
肩にかけた黒いスリングショルダーに手をかけた俊彰が、天音の元へ歩き出す。
空を指さした天音が振り向き、明るい声で俊彰に告げる。
「俊彰、見て。月がとても奇麗だよ」
俊彰が隣に立つと、天音が空を指さしていた手を下げた。
薄い水色の空に、白く丸い月が浮かんでいた。
「昼間の月っていいよね。なんか、こう、奥ゆかしいっていうの。たたずまいが、優しいよね」
「そうだな」
「なんていうか。ただ黙って見守ってくれているような、温かさがある。そんな気がしない?」
「確かに、ずっと見ていられる」
「奇麗だよね」
じっと月を見つめる天音の横顔を見たと俊彰が、鞄のファスナーを下し、鞄のなかに手を入れた。
「天音」
「なに」
「手を出して」
「手?」
「手のひら」
「こう?」
不思議そうに小首を傾いだ天音が手のひらを上向け、俊彰に差し出した。
仕舞っていた片手を鞄から抜いた俊彰は、その手を天音の手に重ねた。
天音の手にすっぽり収まる正方形の小箱を残し、俊彰の手が離れる。
両目を瞬いた天音が俊彰を見上げた。
「これは、俺の本命だから。天音にあげる。俺の、本命の、チョコだから」