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野郎元気で馬鹿が良い~兄と妹のすれ違い日記~  作者: 宮比岩斗
その後

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その後 義妹

 兄貴が久しぶりに日記をつけていたみたいなのであたしも久しぶりに日記をつけて見ようと思う。二度と書くものかと心に決めたけど、兄貴の前には無力なり。


 書くのは二年ぶり。結構なブランク。だからそのブランクを埋めるために二年の間にあったことをだらだら連ねていこう。


 前置きをしておこう。二年の間にあたしはレディになった。今回のあたしは兄貴の日記を盗み見などしていない。人に日記を読まれるほど恥ずかしいものはない。あの事件から人の痛みが分かる人間へと成長した。当時高三の癖に分かってなかった方が問題なのはそれはその通り。兄貴にシャツをパクったことがバレてこっぴどく叱られたから反省している。


 さて、本筋を始めたい。


 まずはあたしのこと。あの事件の翌日、お母さんから電話が来て、どこに出願するのか訊かれた。フラレたも同然だったあたしはとにかく偏差値の高い大学の名を言った。兄貴から物理的に距離を置ける場所ならどこでも良かった。そこからお母さんがピックアップしたところに決め、抜け殻のような日々を過ごし、無事に合格を果たした。その間、兄貴と話す機会は一度たりともなかった。


 合格当日、これから何を生きる目的として生きていけばいいのだろうと思い悩んでいたら電話が鳴った。兄貴からだった。気を利かせたお母さんが祝いの言葉を掛けてくれと頼んだらしい。


 祝いの言葉だけを糧に一生過ごせる。


 片時も忘れてなるものかと掛けられた言葉を脳裏に刻み込んでいたら、日記の件を切り出された。


 日記にある内容は本心かと問われる。


 本心だと答えたら、少し悩んだ風に間を置いてから「大学卒業まで想いが変わらなければお前の気持ちに応える」とデレてくれた。あまりの衝撃に心臓が止まりそうだった。思い出すと今でも心臓がはち切れんばかりにドキドキする。もはや不整脈だ。


 ただ一つだけ条件をつけられた。女性としての慎みを身に着けろとのこと。なにおうとは思わなくともなかったけれど、当時未だにシャツを借りたままだと指摘されたらぐうの音も出なかった。


 こうして大学に入学し、日々勉学に励み、たまの長期休みは兄貴に会いに行く日々が始まったわけだ。


 わけなのだがである。あたしの本願は叶ったけれど兄貴が厄介事を呼び寄せるタチは変わっていない。護らなければならないと思うのは変わらない。


 そんな不安は的中する。


 ひょっとこ、ピアス女、ハンサム、チョコミントさんに、クソ親父とお母さんも、果ては見知らぬ女子大生までもが兄貴を不幸に陥れた。


 その分、いい目も見ているけれど、やや不幸分が割合多めに思える。伝聞しただけでこれなのだから、近くで見守れない分も合わせると大変なことになっていそうだった。よく身一つで解決してきたと思わざるを得ない。生きる力一点に限れば兄貴は間違いなく天才の部類だろう。


 あたしが護らなくてもなんとかなったみたいだ。あたしが守らなければなんて思い上がっていたことを認めるのはやぶさかじゃないけれど、それはそれとして不安なのは認めて欲しい。ピアス女みたいに尾を引かないやらかしならば笑い話にもなる。だけどひょっとこ事変の際に両陣営から板挟みになって胃を痛めたり、失恋したハンサムが留年しかけて兄貴にメンタルケアを頼んだり、チョコミントさんが思わせぶりな態度を取り続けて弄んだり、父とお母さんの離婚騒動の時に調停役する羽目になったり、ヤリサー潜入事件で助けられたという女子高生が同大学に入学して酔い潰した兄貴と既成事実を作ろうとしたり、ああ笑えない。


 実のところ一番危険視したピアス女が一番の安牌だった。


 貴女のこと誤解していたよ。ごめん。


 なのになんでこの二年間で良いなと思った男が全員難癖持ちなの。あたしもあまり人のこと言えないけど男の趣味が悪いよ。あと「最近この人良いな」と思ってる人の写真を兄貴たちに見せたら、ヤリサー潜入事件の主犯だったって話は腹抱えて笑った。申し訳ないけど。それに大事になる前に解決するあたり、やはり一番の安牌だった。


 もういっそ兄貴に恋してくれた方が周りも安心できるのではと思わなくはない。あたしとしては遺憾だけど。


 ああ、あと最近お祖母様に会った。今でもご近所さんと仲良く遊んでるらしい。ただこの二年で前に見た数よりも減った気がした。尋ねてみると往生したとのこと。「誰が最後まで生き残るか賭けてるんだよ」なんて剛毅に笑っていたけれど、その目は少し寂しそうだった。だから「いっぱい遊びに来るね」と励ましたら「老い先短いババアに構ってないで自分のことを精一杯やりな」と叱られた。でもその目は笑っていたので、押しかけてやろうと思う。あたしと兄貴の孫を見せるまで死なないでね。


 さて、近況はこんなところかな。


 ここからは今感じていることについて書こう。


 日記という形態からはズレるけれど今更かな。


 久しぶりに日記を書いていると思い出す。


 あたしがたてがみという名の才能に苦悩していたことを。今も苦しんでいないかと問われると怪しいけれど、症状としてはだいぶマシになった。「十で神童 十五で才子 二十過ぎれば只の人」などと誰かが知ったふうな口をきいたらしい。昔ならばそうだったかもしれないけれど今の時代にそれを通用しない。時代が作り上げた集合知という完成形を上限値が高い天才に割り当てれば、天才はそのまま天才のままになる。一生逆転できない残酷な時代だと思う。ただ結局のところ、どんな天才であろうと根っこは単なる人間であり、世間の荒波に揉まれ丸くなってしまう。そういう意味では、このことわざは未だ正しいといえた。


 おそらくこれからまだまだ丸くなって、いつか「たてがみなんてイキってた時もあったなぁ」なんて思う時が来るのかもしれない。早くそうなればいい。


 悪妻と呼ばれたクサンティッペだって最後は丸くなった。ソクラテスの裁判の日、彼女はソクラテスの帰りを信じて好物を作って待っていた。放尿瓶の中身をソクラテスに頭からぶちまけた彼女だって丸くなったのだからあたしだって丸くなるだろう。


 裁判は御免だけど、好物を並べて待つ奥さんにあたしもなりたいものだ。


 久しぶりの日記はこんなところだろうか。


 さて今から出掛ければ、いい感じに少し遅刻した彼女を演出できるかな。


 兄貴との夏祭りなんて小さい時以来だ。


 これから楽しい思い出を沢山作っていくんだ。


 あたしは、あたしたちはこれからだ。

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