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野郎元気で馬鹿が良い~兄と妹のすれ違い日記~  作者: 宮比岩斗
義妹の日記

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10月28日(日)

 大変なことになってしまった。


 大変なことをしでかしてしまった。


 穴があったら入りたい。


 一生そこで静かに誰の目にも当たらずに暮らしたい。


 だというのにあたしは今、目の前でチョコミントさんにこの日記を綴られているとこを見られている。しかも「終わったら改めて内容を確認させてくれないかい?」と言われていた。家主特権的な意味合いを考慮すると見せないわけにはいかない。なんという辱め。


 もういっそ開き直って綴ってやる。


 今日は女装ミスコンが始まる少し前にチョコミントさん宅を出た。今頃はあのピアス女にメイクされているはず。兄貴の美貌が世間に広く知れ渡ると考えると少し複雑な気持ちになった。本当のお母さん似な兄貴は見た目さえちゃんと整えればそこらの野郎どもには負けない。ピアス女みたいな技量がある人の手に掛かれば芸能人だって顔負けである。あたしの贔屓目はあるかもだけど、贔屓目込みなら世界一。推しである。


 早く見たい気持ちが抑えきれなくてついつい早足になってしまう。大学に到着したのは女性ミスコンまではまだ少し早かった。


 この微妙に空いた時間はチョコミントさんは買い食い、あたしはミスコン会場で待機しながら携帯をいじっていた。


 その間、一人だったのがよくなかった。男の人たちが代わる代わる声を上げる掛けてくる。ナンパだ。声をかけ慣れているチャラついた人もいれば、学園祭で浮かれて普段はやらないことに挑戦しているのだなとわかってしまう人もいた。大体は連れがいるのでと断れば去ってくれるが、最後に声をかけてくれた人はしつこかった。連れがいる、嫌だ、と断っても聞く耳を持たず、あまつさえあたしの腕を掴んで連れ出そうとする。


 気持ち悪いし怖かった。


 それを助けてくれたのはえらく愛嬌のある顔をした男性。ひょっとこだった。「やあやあしばらく」なんて言ってあたしと男の間に割り込んできた。最初は舌打ちなんてして不機嫌を隠そうともしない男だったけれど、ひょっとこを見て顔色が変わる。それからひょっとこが自分の知り合いに何か用かと尋ねたら、男は用事を思い出したなんて見え見えの嘘を吐き捨てて逃げ出した。


 あまりの変貌ぶりに、ひょっとこが愛嬌あるけれど実はヤバい男なのではないかという疑問が浮かぶ。だから本人に問い質してみたけど「あなたのお兄さんの名前を出さないだけまだ手心加えてますよ」なんてはぐらかされた。兄貴たちは何をやらかした。あの逃げ腰を見るに婦女暴行を未遂に済ませただけじゃあないはず。


 だから改めて問い質してみたけれど「謎の男って素敵じゃあありませんか?」と気持ち悪いことを言い始めたのでそれ以上追求することはなかった。


 それからすぐにチョコミントさんも合流して、女装ミスコンが始まった。


 最初は良く言えば色物な出来の悪い人たちばかり。男子学生特有の謎テンションで本人と仲間うちだけは盛り上がっていた。それが何組か続き、少しずつ見れる人たちが出始めた。


 その頃、あたしの天敵に声をかけられた。


 ピアス女だ。前見た時よりも気合いの入ったメイク。それで誰を誑し込もうというのか。あたしのビビり散らかした子猫の威嚇じみた視線に気づいたのかピアス女は首を傾げていた。


 ピアス女ばかりに気を取られて最初は気付かなかったけれどどうやら連れもいたらしい。ガタイの良い爽やかで、イケメンと呼ぶよりはハンサムと呼んだ方が適切な男性だった。うん、ハンサムと日記では呼称しよう。


 このハンサム、どこかで見覚えがある気がした。


 向こうも同じことを思ったらしく話しかけられた。どうやらあの親子喧嘩の時、助けを求めた人であったらしい。一緒に取り押さえたのは部活の後輩らとのこと。そんな偶然あるのだな、二人して関心していたら今度はピアス女の方から子猫じみた威嚇をされた。ひょっとこは可笑しそうにそれを見て並びが汚い歯を見せていた。


 そんなこんなでいつの間にか兄貴の出番になった。その頃には色物が出てきた頃にあった下品な笑い声は消え失せて、人が代わる度に観衆の感嘆の声が起こっていた。


 兄貴が出てくる。


 あたしは息を呑んだ。怜悧な顔立ちとスタイルの良さからくる美しさに感動していた。特に何処がいいかと言われると眼だ。眼が特に良い。あの世界に興味なんてないとでも言いたげな刺すような眼に胸がキュンキュンする。


 周囲からは本当に男なのか疑う声が聞こえてくる。その中で眼が良いという声が聞こえた。ハンサムからだった。良くわかっているな、と内心で褒め称え、これまた心の中で勝手に握手まで交わした。このあと後悔する羽目になるとも知らずに。


 間違いなく兄貴が一位だと確信していた。


 まさかの二位だった。これは不正投票だと騒ぎ立てようかなどと企んだけれど、一位が大衆受けの良さそうなドストレートな可愛いコーデだったから諦めた。しかも美少女ボイスまで内臓されてたとあってはほぼ美少女なので勝てるわけがない。兄貴の良さは分かる人にだけわかればいいのさ、なんて通ぶったことを自分に言い聞かせて黙った。


 最後に参加者一列に並んだ時には「これで見納めかぁ」と残念だったけど、なんと終わったあともその姿のまま出てきてくれた。なんというサプライズ。唆してくれたひょっとこには感謝しかない。


 これがあの最低な事件の引き金になるのだけれど、その責任までおっ被せるのはお門違いだろう。


 そう。ハンサムが女装した兄貴に告白するなんて誰が思うだろうか。


 パニックになったあたしは素っ頓狂なことを言ってしまう。兄貴とあたしが許嫁だなんて言ってしまう。もはやあたししか覚えてないだろうことを口走った。


 どうやらあたしは土壇場に弱いらしい。混乱すると冷静さを見失って、とてつもない馬鹿をやらかすみたいだ。しかも、諦めが悪く許嫁設定を貫こうとした。いや、兄妹になる前は許嫁だった時期もあるから嘘じゃないけど。親同士の冗談でもそういう時期はあったから。


 そんなわけで、まあ、あたしは酷かった。


 だからひょっとこが兄貴をあの場から連れ出してくれたことにはとても感謝している。


 ただ、やり方はもっとあっただろうと言いたい。


 あたしもそれやってみたかった。

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