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10月1日(月)(6日目)

 最悪の一日であった。


 久しぶりの早起きが心底辛かったがそれでは最悪に程遠い。麗しの君の姿を眺められなかったのも残念ではあるが明日がある。ひょっとこが俺の昼飯の弁当を床に間違って落としたのは最悪に近いが弁償はされたので許せなくはない。「些細なミスを弁償させるなんて器の小さい男ですねぇ!」とか文句は相当頭にきたが。ちっちぇえワンルームにGと呼ばれる黒い流星が出たのでもない。いや、黒い流星の方が幾分まだマシであろう。


 我が義妹が来訪したのである。


 夕刻。空が茜と群青のグラデーションカラーに染まった頃、そいつは突然現れた。


 アポイントメントも取らず、ひた隠しにしていた我が居城であるワンルームアパートを割り出した。最初チャイムを鳴らされた時は民間企業を名乗る半公的テレビ屋が契約の押し売りをしにきたと思って居留守を決め込んだ。そいつは半公的テレビ屋にしてはしぶとくチャイムを鳴らし続けた。何度も何度も鳴らし続けた。迷惑行為一歩手前であった。耐えきれなくなって一言文句を言ってやらなければ気が済まないと怒りのままに扉を開いた。そして、後悔した。


 西日に照らされたそいつは笑った。扉から出てきた俺を見て微笑んだ。そう形容される程度には柔らかいものであった。だが俺は首筋に冷たいものを添えられるような気味の悪いものであった。


 立ち竦む俺に義妹は言った。


「兄貴、久しぶり!」


 あっけらかんとした声色。それが殊更、心を冷たくさせる。


 俺は開口一番に問うた。


「なんでこの場所がわかった?」


 妹は茶化して答えない。


「そこはどうして突然来たんだとか、何かあったのかって心配するところじゃないか」


 そう言う義妹の傍らにはキャリーケースが立っていた。手には大きめな手提げの鞄。


 嫌な予感がしたし、それは当たった。


 荷物に視線を遣っていたことに気付いた義妹ははにかみながら言った。


「あ、気付いた? お父さんと喧嘩したから泊めてよ」


 にべもなく断った。大学が忙しいなどと嘯き、言外にお前のことが嫌いだと含ませて。


「婆さんの家に泊まれ。今ならまだ電車で間に合うだろう」


 そう告げたら「もう断られたんだ」などと白い歯を見せた。笑うとこではない。


 義妹の嘘だと信じたくて祖母に連絡を入れると「明日から町内会で留守にするから」と酷く申し訳無さそうに謝られた。なら留守番させておけばいいと提案するも、最近物騒になったから女子供だけ家に一人残せないと言われてしまった。数日だけどうしてもと懇願され、祖母には大きな借りがあったので断り切れず、引き受ける羽目になってしまった。


 きっとこのアパートの住所も祖母から聞いたのだろう。


 こうしてワンルームアパートに義妹が転がり込んできた。この日記は義妹がユニットバスに入っている間に書いている。クサンティッペが押しかけ女房になった日を忘れないため、ここに残す。妹に女房などという言葉を使いたくないが適切な言葉が見当たらない。我が語彙力の貧弱さが恨めしい。


 我、クサンティッペを得たり。


 けれどソクラテスには至らず。


 ただ大嫌いな奴と同居するだけになっただけだった。

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