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野郎元気で馬鹿が良い~兄と妹のすれ違い日記~  作者: 宮比岩斗
兄の日記

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11月4日(日)(40日目)

 諸君!


 誰にも読ませる気のない日記でこういう書き方は如何なものかと思わなくもないが己を鼓舞せねば日記なんぞ書いてられんので強行させてもらう。


 諸君!


 人生において「この上なく失敗したなぁ」だとか! 「もう一回やり直したい……」などと考えたことはないだろうか。いや、ある! 誰しもが当然の如く、考えることだろう!


 親ガチャ、兄妹ガチャに失敗し、常々こう思っている俺様であるが! 「俺のせいじゃねえし」などと開き直っている俺様ではあるが! 今日に限っては俺様のせい故「精子まで戻って子宮レースにわざと負けたい……」などと存在をなかったことにしたがっている。


 唯一の救いは俺様以外にもあと三人同じ状態の奴がいることであろう。ざまあみろ!


 さてこれは日記である。日々、散々日記という形式から外れまくっている気もするが日記である。誰がなんと言おうと日記なのである。俺様が日記といえばこれは日記なのである。だがしかし最低限のルールは必要であろう。それは日々のことを綴ることだ。


 覚悟は決まった。


 諸君! 我が醜態をご覧になれ! しからば笑え!






 会談は本日の夕方。料亭といえぬまでも学生身分では敷居が高そうな個人で営む和風居酒屋で行う。場所を指定したのは義妹である。義妹がここら辺の地理を知るわけもなければ、未成年に居酒屋の店選びされても困るのでひょっとこもしくは麗しの君のどちらかが選んだに違いない。前者なら「こんないい店知ってるならもっと早くに連れてこいよ」と揶揄する。後者ならば「さすが良いセンスしてるなぁ」と手放しで称賛させてもらおう。


 俺とピアス女はそこへ十五分ほど遅れて入店した。気分は巌流島の戦いにおける武蔵である。無論、先に到着していた佐々木小次郎は不機嫌であった。なお、今回に限り、佐々木小次郎は二人いる。義妹とマッチョだ。お互いに不機嫌をぶつけ合っていたため、こちらに不機嫌を飛ばすことはなかった。むしろ遅れてきた俺らを出迎えるため競うように立ち上がり、一番奥の座敷に案内しようとする。俺には喜色の表情を浮かべるが、横目では互いを牽制し合う。あからさまなやりとりにピアス女なんかは「うわぁ」と声を漏らしていた。


 小料理屋の座敷。お誕生日席と呼ばれるような、赤いちゃんちゃんこを着させられるような、主役しか許されない位置に腰掛ける。ピアス女はその斜め後方。俺の正面を境界線として、左右に義妹とマッチョがそれぞれ陣取っていた。


 左手には義妹。正座で佇む姿は整然としており、凛としていた。その後方にはひょっとこと麗しの君。麗しの君はいつもながら美しいが、ひょっとこはいつも以上に不気味な笑みを浮かべていた。


 右手にはマッチョ。胡座をかいており、美しい所作とはいえぬが正した背筋は武士の如き威風を漂わせていた。その背後には二人ばかりの男女。おそらくテニス部の親しい友人か後輩……いや、ここに呼んでいるということは信頼できるマッチョの両翼であろう。余談でしかないが、マッチョの両翼と書くと僧帽筋としか思えない。


 両者の視線がぶつかる。火花が散るとはこういうことだろう。さながらお前が退けよと言わんばかりのヤンキー同士が正面衝突寸前の攻防を感じる。問題はトロフィーが俺であることだ。


 牽制が終わらないことに業を煮やし「紳士協定だったか?」と先陣を切る。するとそれを待っていたかのように二人が同意の言葉を繰り出した。ここに至って二人がひたすらに俺の言葉を待ち続けていたことに気付いた。


 俺からすると「そんな下らないもんを気にすんな」で終わる話であるが、二人からすると譲れないものなのかもしれない。それゆえの睨み合い。まあ、巻き込まれた俺からすればやはり「知ったこっちゃねえ」という話になるのだが。


 いくつか紳士協定の草案を纒め、それを結ぼうといったところで二人して待ったがかかる。義妹とマッチョが眉をひそめ合い、構うものかと我先に言葉を紡ぐ。


 聖徳太子の十分の一未満の能力しかない俺ゆえ二人が何を言っているのか正確には聞き取れなかった。だがまあ要約すると、この段階でどちらが好きなのかハッキリさせておこうというものであった。


 似た文脈を語った二人はギョッとする。二人して「コイツにゃあ負けねえ」と確信しているのだ。義妹は「男には負けねえ」。マッチョはマッチョで「妹相手に負けねえ」。二人して高を括っている。実はコイツら、似た者同士なのではないだろうか。俺の気持ちを無視しているところなど本当によく似ている。


 ここで一つ茶々が入る。ひょっとこからだ。まぁまぁと俺ら三人をそれぞれ離すように割って入り、人差し指を立てる。


「白黒ハッキリつけるのには同意しますが色恋沙汰なのだからもう少し潤いがあっていいと思うのですよ。二人してガツガツしてカサカサじゃあないですか。俺と付き合え付き合えなんてゴリ押しは辞めましょうよ。少女漫画に出てくる俺様君でもあるまいし」


 じゃあどうしろってんだと二人はひょっとこを睨む。


「アピールしましょ。自分の方が優れてる、相応しいってことを」


 もっともらしいことを言っているようだが、求愛ダンスの一つでもして見世物になれと言っているのである。止めはしなかったが。


 そこから各陣営の作戦タイム。残された俺とピアス女はいくつか言葉を交わした。とは言ってもすぐに各陣営からピアス女の力を借りたいと請われ大したことは話せなかった。あえて書き出してみようと思ったが、たいしたことなさ過ぎて思い出せすらしなかった。


 ピアス女は何かあった時のためにメイク道具や女装道具一式を持参していた。そんなものが役に立ってたまるかと思っていたが、役に立ってしまった。何を話したのか思い出せはしなかったが、部屋を出るときに勝ち誇った顔は明瞭に覚えていた。


 そこから結構な時間が経った。あまりに暇すぎて一人で食事をしていた。たまに食事を運んでくる店員さんと話し込んだりしていた。店員さんも俺一人がポツンと食事していたのを気の毒に思ったのかすんなり応じてくれた。そして、腹いっぱいになったところでひょっとこが顔を出した。良く言えば愛嬌のある顔をしながら隣に図々しく座る。「どちらにするか決めましたか?」なんて訊きながら。


 どちらも振るつもりだというとこれまた大仰に驚いた素振りで「二択にしてあげればどちらかを選ぶものですが、君ってやつは心底社会性ってやつがないですねぇ」と口角を上げた。


 くたばれ。


 そう青筋を浮かべていたらピアス女も戻ってきた。心底、やつれた顔で。水蒸気タバコを咥えてながら。声を掛けるのが正解か、掛けない方が正解か、二者択一であった。意地悪なのはそれ以外の道筋が俺からしたらなかったことであった。


 逡巡し、声を掛けた。


 ピアス女はこちらを気だるげにひと睨みしてから一言「こんなことするために技術磨いたんじゃない」と言った。あとはもう知らんとばかりにひたすら水蒸気タバコに逃避していた。触れてくれるなという意思表示であろう。それに従う程度の社会性も俺にはあった。


 ほどなく求愛ダンスは始まった。無論、比喩である。


 先手は義妹。ピアス女によって施された化粧によって大人の女性の色香を漂わせていた。本人もその自覚があるようでわざとしゃなりしゃなりと艶のある所作を真似ていた。所詮真似事であるが、天才のアレンジによって足りない点は補われ真に迫っていた。天才の無駄遣いである。


 その所作から繰り出される言葉もまた真に迫る。


 しかし、偽物だ。偽物でしかないのだ。感情を揺さぶる言葉も、魂を高揚させる表情も、服従をチラつかせる蜜の如き甘い声も全て偽物なのだ。


 だから義妹が言った「あたしを真正面から受け止めてくれる唯一の存在」、「許嫁は体のいい良いわけだったけどそれが本当になるのならこれほど嬉しいことはない」、「貴方が望むことならなんでも叶えてあげる。だから想いに応えてください」も全て偽物。俺を陥れるための嘘に決まっている。


 これに対し、俺は着飾った義妹の姿を見た瞬間から言いたくて堪らなかったことを言った。


「その格好してると義母さんにめっちゃ似てるな」


 大人びた化粧に、落ち着いた格好。それは今よりも少しばかり年若い、再婚した当時の義母に瓜二つであった。本当に瓜二つで、この格好のまま義母と並べば姉妹にだって間違えられるだろう。義母に似た美貌を持った褒めるべきか、魔女と呼ばれる程度に老けない義母を褒めるべきかは悩みどころである。


 さて極度の緊張状態でそう斬られた義妹はその場にへたり込む。親に似てるとは親との関係が悪い俺にとっての断り文句だと理解したらしい。虚空を眺め、目尻に涙を浮かべ、たまにビクついた笑い声が漏らした。


 図らずもノックアウトしてしまった、


 それを何処からか覗いていたらしいマッチョの笑い声が高らかに響く。姿は見えずとも暑苦しさだけは伝わってくる。


「次の番みたいですねぇ」とひょっとこ。


「ちょっと席外してくる」と逃げ出そうとするピアス女。


 一歩遅く、マッチョが襖を開けて現れた。


 目を疑った。


 そこには戦場帰りを彷彿とさせるやけにガタイの良いノースリーブの長髪がいた。ノースリーブはワンピース、長髪はカツラ、顔面は化粧しているが骨格までは誤魔化しきれない程度に男味溢れた野郎であった。


 つまりは女装である。女装ミスコンで序盤に登場した仮装風味の。


 どうやってそうなったかは部屋の隅で見たくないとばかりに目を伏せて体育座りしているピアス女が答えだろう。しかし、どうしてそうするに至ったのかが謎であった。知りたいとも思わなかったがマッチョは自ら語り始めた。


 あまりにも長ったらしい自分語りを要約すると「お前の気持ちを無視していた。もしかしたら勘違いさせていたり、俺の覚悟が伝わらなかったかもしれない。だから伝わるように俺も女装した。なんでもするから俺の気持ちを受け取って欲しい」ということだった。違うそういうことではない。


 明後日の方向への努力をしたところで俺の気持ちは揺るがない。いや、正しい方向への努力をしても一緒なのだが。


 慈悲として一刀両断することにした。このままのらりくらりと過ごしていたら一人で暴走して行き着くとこまで行ってしまいそうだからだ。行き着くところとは、勢いのままに男の勲章を取って本物の女性になろうとすることを指す。


「そもそもお前みたいな暑苦しいタイプと付き合うなんて御免だ」


 そんなことを言った。口を勢いに任せたからもっと酷いことを言ったかもしれない。なぜならマッチョの巨躯がその場に小さくうずくまって号泣し始めたからだ。


 悪い気はしたが、貞操の危機だと思えば仕方ない犠牲であるといえよう。


 二人の恋路を終わらせ、紳士協定なぞ結ぶ必要もなくなり、腹も膨れた。もう帰ってもいいだろう。などと考えていたら、ひょっとこがヌルっと肩に手を回して囁いてくる。


「せっかくなので君も告白してみたらどうですか?」


 悪魔の囁きであった。


 悪魔の囁きだと理解していながら、二人を振り、後顧の憂いもなくなって高揚していた俺はそれに抗えなかった。


 恥を事細かく書く勇気はないため、簡潔に事実を記す。


 俺は麗しの君に告白した。


 そして断られた。先輩として慕ってはいるものの、恋愛対象ではないとのこと。面白い人としか思えない、とぬいぐるみペニスショックの亜種みたいなことを言われた。昔からよく人を勘違いさせてしまうなどとこちらのフォローまでしてくれた。その気遣いが失恋の傷にはよく染みた。


 ひょっとこは俺の恋路が終わったを見届けるとピアス女にもちょっかいを出していたようだが、ピアス女のビンタが炸裂し、諦めたようだった。


 こうして誰一人として想いを遂げた者のいない会で終わるはずだった。皆がそれぞれ恥をかき、とぼとぼ帰路につくはずだった。


 麗しの君に店を出た直後に呼び止められる。ひょっとこもいたような気がする。そこで義妹の告白についてどう思うか問われた。


 嫌がらせの一種と答えたら麗しの君は目を伏せ、ひょっとこは「認知が歪んでますねぇ」と肩をすくめた。


 麗しの君は鞄からマグネットで閉じられるお洒落な造りの本を手渡された。表紙にはダイアリーと英語の綴りが記されていた。


 義妹はそれを見て、慌てて取り返そうとしたがピアス女に羽交い締めにされる。


 麗しの君は、帰ったら全部読んで欲しいと言った。


 その後、帰宅し、今これを書いている。この日記帳の横には手渡された本が置かれている。状況からしてこれは義妹の日記帳であろう。


 麗しの君から読んでと頼まれたからには読む以外選択肢はない。だが末恐ろしかった。理解できない人間の思考が綴られた日記を読むのは。


 日記は己を映す鏡である。


 その強烈な輝きに、我が脆弱な魂が耐えきれるのか。


 敬愛するソクラテスは言った。


 汝を知れ、と。


 意味などは知らん。だがこの状況においては耐えきれなければそれまでの人間だったと改めて理解させられるだけだ。


 しからば我が悪妻に恥多き内容であることを願う!

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