11月2日(金)(38日目)
明日の祝日が元々休日だということに気づいてブルーになった。ただでさえ悩ましい日が続いているというのにこの仕打ち。世界は俺のことを憎んでいるに違いない。
そんな馬鹿なことを朝、カレンダーを見て考えた。
義妹が提案した会談は日曜日。ゆえに今日明日の二日は特に何も用事のない比較的フリーな日である。学生の本分である講義への出席だけはしなければならないが、それさえ済んでしまえば自由である。ゆえに講義後、呼び止める声も無視して直帰した。帰ったら溜まった洗濯物を処理して、課題をパパっと終わらせてなど考えながら自転車で風を突っ切っていた。
我が居城であるボロアパートが見えたときには「俺はもう自由だ!」なんて心の脱獄囚が喜び駆け回った。ピョンピョンと跳ね回る心に従い、早足気味で階段を登る。「ここまで来たらもう大丈夫」などと勝利を確信する。
我が家の扉前で胡座をかく義妹を見るまでは。
無闇矢鱈に立てていた足音のせいで義妹は待ち受けるように視線をこちらに向けていた。すでに捉えられていた。もはや逃げることも敵わない。気分はまんまと警察の包囲網に引っ掛かった脱獄囚である。
義妹はお尻についた土埃をパンパンと払って立ち上がり、手を振ってくる。
「兄貴、おかえり」
そう言って笑顔を向けてくる。今にして思えば屈託のないものであったが、脱獄囚フィルターを通したそれは歪み醜悪なものに見えた。
頭の中では「何故いるんだ」とか「会談は明後日のはずでは」など思考が目まぐるしく回った。だが現実では極めて平静に努め、勇ましく義妹に歩み寄り「どうしているんだ?」などと尋ねた。
ニタニタとした表情の義妹は「それは単純にいる理由を訊いてるの? それとも明後日紳士協定を結ぶ奴がここにいていいなかってこと?」と鍵を開ける俺の腕にしがみついてくる。
「答えないならば帰れ」としがみつく義妹を扉の外に追いやりながら扉の内側に入る。義妹も義妹でそうはさせるかとばかりに靴を扉に挟まれるように前に出してきやがった。
素直に答えるから開けてと扉をバンバン叩くものだから仕方なく扉を開けて迎え入れた。近所の人が痴話喧嘩かと覗いてきたから仕方なく迎え入れる羽目になった。
義妹は俺がいつも使っている座布団に我が物顔で座ると襲来した理由を述べる。情緒たっぷり余韻たっぷりで長ったらしく述べやがる。
要約すると「根回しって大事だよね!」ってことだ。
流石に要約しすぎた。
意訳する。紳士協定を結ぶ前ならば何やってもルール違反にならないかは勝負を決めに来たとのことだ。この場合の勝負とは義妹との交際を決めること、マッチョを手酷く振ることのどちらか。もしくは両方。
義妹は自らを「殊勝だから」と言って、すぐに交際をしようとは言わずに、マッチョを手酷く振ってやろうと提案した。「兄貴はノンケだし、全く駄目な提案じゃないと思うけど」と言われたが確かにその通りである。義妹の提案はピアス女との約束も守れる両得な方法である。
だがしかし。
その提案に乗る前に問い質さねばならぬことがあった。
何故あの時、許嫁だなんてことを言ってまで名乗り出たのか。
俺に嫌がらせをしたいならば、あの時そんなことを言い出さなければ我が貞操の危機まであったはずである。名乗り出るメリットがない。
我が居城に押しかけた時なんて事前連絡無しで迷惑だった。過去、毎回俺の習い事に後から参加して追い抜いたり、親戚連中に義妹が褒められている時にわざわざ俺を引っ張り出して比較させたりした時も、やはり迷惑だった。だが今回に限っては軽減しているようにすら考えられる。
不気味だ。
深謀遠慮な義妹のことだ。俺には考えが及ばない何かが見えていてもおかしくない。
結局、この問いに義妹は答えなかった。
呆れ気味に「まあ、考えといてよ」なんて笑って、俺がトイレに行った隙に「兄貴のとこいたのバレると面倒だからそろそろ帰るね」なんて置手紙を残して消えていた。
その後、洗濯をしら先日購入したお気に入りのシャツが一枚見当たらなかった。
きっと義妹の嫌がらせだろう。




