使命感
ハア、ハア、ハア、ハア
この雪原を抜ければ別荘地に行きあたる筈。
雪原の真っ白な雪を踏みしめながら歩く。
昨晩の猛吹雪が嘘のような快晴。
頭上には雲1つ無い青空が広がり、360度何方を見ても雪を蓄えた山々が見える。
助けを求めに行く途中で無かったら、座り込んでこの雄大なパノラマを楽しみたいところだ。
駄目だ! 駄目だ! 怪我をした沢山のお客様が救助隊の到着を待っているのだから、早く人家に辿り着かなくては。
馴染みの観光会社が主催したツアーにツアーコンダクターとして参加していた私を含む30人の乗客を乗せたバスは、昨晩猛吹雪の中スキー場に向かって走行していた。
天気予報で今日は快晴になると知ったお客様たちの要望におされ、事故を危惧して反対した私の意見は却下されてバスは猛吹雪の中出発する。
スキー場に至る1番の難所と言われるバス1台が通るのがやっとの山道で、バスのタイヤがスリップして道を踏み外し崖下に転落。
間が悪い事にその周辺はスマホの電波が届かない場所だった為、地形を把握している私が救助を求めて下山する事にしたのだ。
「あんたが1番重症なんだから止めろ!」とお客様たちに止められたが、お客様の安全を確保するのもツアーコンダクターの職務のうちだという使命感から、事故現場を後にする。
あ、人家が見えた。
煙突から煙が棚引いているから住人がいる筈だ。
雪を蹴散らし人家に向けて走る。
雪原に面した南側の窓から中を覗き込み、中の人に気がついてもらおうと窓ガラスを叩く。
ソファーに座りテレビを見ている人たちが窓の直ぐ傍にいるのに、窓を叩く私に気が付いてくれない。
「助けてください!」
気がついてもらおうと大声を上げ、窓ガラスを平手で力一杯叩く。
中を覗き込んでいる私の目にテレビの画面が映った。
事故現場が映されていて、怪我をしたお客様たちが担架に横たえられヘリコプターに吊り上げられて行く。
ああ良かった。
救助隊と行き違いになったのだろう。
次々と怪我をしたお客様がヘリコプターに釣り上げられていく中、バスの周りにいる怪我を免れたらしいお客様たちや救助隊の面々が、抱き抱えられるようにしてバスから降ろされた担架に寝かされてる人に向けて手を合わせている。
あれ? あの白と赤の見慣れたスキーウェアは、わ、私?
慌てて振り返り、雪を蹴散らして走って来た方を見る。
そこには足跡1つ付いて無い雪原が広がっていた。