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霊峰を目指して 5

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 必要なものを購入し、少し遅くなった昼食を取った後で、エマ達は町の広場に向かった。

 運よく町や村に帰る農民がいればと思って探してると、エマの予想通り、ちょうど町のすぐ近くの農村に帰ると言うおじさんを発見した。

 歩いて三時間ほどの場所だと言うが、移動できるときに少しでも距離を稼いでおきたかったので、エマたちは荷馬車に乗せてもらってその村まで向かうことにした。

 農村では宿らしい宿はないそうなので、おそらく野宿になるだろう。

 なんとなくユーインは野宿をしたことがなさそうなので心配だったが、アリス山を目指す限り、この先野宿は何度もすることになるはずだ。早いうちに慣れてもらった方がいい。


(宿が取れそうなときには宿をとるようにするけど、そう都合よくいつも宿があるとは限らないものね)


 大きな通りには旅籠もあるが、アリス山まで大きな通りだけを通っていくわけでもない。都合よく荷馬車が捕まらなければ歩くことにもなるし、アリス山に入れば当然数日がかりの登山になる。野宿は避けて通れない。

 野宿は嫌がるかしらと不安になりながらも、荷台の上で今日は野宿になるかもしれないと告げると、意外にもユーインはあっさり頷いた。


「もっと嫌がるかと思っていたわ」

「俺だって、外で夜を明かしたことはあるよ。その……荷物をなくして、路銀もなくなったあとだけどね」

「そういえばそうだったわね」


 三日も何も食べていないと言っていたのだ。当然、その三日は宿に泊まってはいなかっただろう。宿に泊まるくらいなら食べ物を買うだろうし、あれだけ汚れていたのだから間違いない。


「だから俺は別に構わないんだけど……君は大丈夫なの? その、女の子だから、野宿はつらいだろう?」

「平気よ、もう何度も経験しているし、慣れればそう悪いものでもないわ。……たまに虫が鬱陶しいけど、焚火と一緒に虫よけの草を燃やしておけば、あんまり近寄ってこないし」

「虫よけの草なんてあるの?」

「あるわ。ええっと、これよ」


 カバンの中から乾燥させたヨモギを取り出してユーインに渡す。


「ほかにもゼラニウムとか、いくつかあるわ。ヨモギはこの時期どこにでも生えているから、そのあたりに生えているものを火にくべてもいいし」

「ちょっと思ったんだけど、君のその手持ちカバン、小さいのにいろんなものが詰まっているね」

「そうでもないと思うけど……」

「いや、薬も糸もかぎ針もそこから出てきたよ」

「そりゃそうよ。日常的に使うものだもの。でも本当に普通のカバンよ。別に妖精の魔法なんてかかってないわよ」

「妖精の魔法?」

「あ……」


 エマはハッと口を押えた。

 アーサーやポリーがそうであるように、妖精は見た目を変える魔法が得意だ。その延長で大きなものを小さく見せたり、逆に小さなものを大きく見せたりすることもある。だが、ユーインにそんなことを言えば、きっと変な子だと思われるだろう。

 いや、すでに変な子だと思われたかもしれない。

 心配になっていると、ユーインは顎に指をあてて、ふむ、と頷いた。


「その話ならどこかで聞いたことがある気がするな。親指サイズの小さなカバンに、大きなリンゴが入っていたって話だった気がする」

「ああ……、きっとそれは、『妖精の小さなカバン』ね。大きなカバンには麦の粒が一つだけ、小さなカバンには大きなリンゴが入っていたってお話よ」

「そうそう、そんな話だったよ。小さいころに乳母が話してくれた気がする」


 どうやらユーインは、エマが子供向けの童話をたとえ話に出したと思い込んでくれたようだ。エマはほっと胸をなでおろして、カバンにヨモギを収めると、代わりに絹糸とかぎ針を取り出す。村にたどり着くまでには、作りかけのコサージュが完成するだろう。


「乳母の話を聞いて、子供のころは妖精がどこかに隠れているんじゃないかって探し回ったりしたものだよ」


 二回目ということもあって、荷馬車に少し慣れたのだろう。ユーインは熟れたオレンジ色に染まりはじめた空を見上げて言う。


「昔は友達も元気だったから、よく二人で庭を探し回ったんだ。でも結局、妖精は見つからなかった」

「そうね。ほとんどの人間は妖精女王の逆鱗に触れて、妖精を見ることができなくなったから」

「ああ、そのおとぎ話も知ってるよ。人間が妖精をたくさん殺して、妖精女王を激怒させてしまったって言うお話だよね。そのおとぎ話を聞いたとき、ひどいことをするものだと思ったよ」


 おとぎ話ではなくて実際に起こったことなのだが、ユーインがそれを知るはずもない。

 エマは「そうね」と曖昧に頷いた。


「妖精か……。もし会えるなら、一度会ってみたいよね。きっととても可愛らしいんだろうな。……まあ本当に存在しているのならだけど」

「ふん、いるに決まっているだろう、ばーかばーか!」


 アーサーがふわふわとユーインの目の前を飛び回って、「べー」と舌を出す。


「こらアーサー、およしよ」


 ポリーがアーサーをたしなめるが、アーサーのこれはおそらく、照れているだけだ。ユーインの「可愛らしい」に反応したのだろう。


(妖精は何も可愛いだけの存在じゃないんだけどね。中には危険な妖精もいるし、無邪気な顔をしてえげつない悪戯をする子もいるもの。ボギーに変質した妖精なんて、人を殺してしまうこともあるし。まあ、わざわざ言う必要はないけれど)


 アーサーが目の前を飛び回っているのに、それが見えていないユーインが、まるで妖精を探しているかのように夕空を見上げるのがちょっと面白い。


「お嬢ちゃんたち、もうそろそろつくよ」


 御者台に座っているおじさんがそう言いながら小さく振り返った。

 前方に、小さな村――というより集落に近い――が見える。


「でも本当に泊まるところはないんだよ。うちに泊めてやりたいが、狭くて子供ともども雑魚寝だからねえ。申し訳ない。村はずれに、使っていない古い厩舎があってね、あそこなら自由に使えるだろうが……」

「本当? それはとっても助かるわ、ありがとう! じゃあそこをお借りさせてもらってもいいかしら?」

「ああ、自由にお使い。旅人がたまに使っているし、誰も文句は言わないよ。井戸は村の中央にあるから、水は好きに使うといいよ」

「食べ物を買えるところはあるかしら?」

「くず野菜と女房の作った固いパンでいいなら、うちのを少し分けてやるよ」

「本当⁉ ますます助かるわ! あ、でもちゃんとお代は払うから!」


 荷馬車に乗る分にはお金はいらないと言われたので、エマの作ったコサージュを渡したが、さすがにそれで食事までもらうわけにはいかない。

 村に到着すると、エマはおじさんからくず野菜と固いパンを購入し、井戸で水を汲んだのち、村はずれの使われていない厩舎まで向かったのだった。




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