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妖精の風の吹くまま~家を追われた元伯爵令嬢は行き倒れたわけあり青年貴族を拾いました~  作者: 狭山ひびき


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妖精女王の住む山 6

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 それから三日ほど山登りを続けて、エマ達はようやく山頂のカルデラ湖に到達した。

 なだらかにカーブを描くカルデラの中央に、空の青よりもさらに濃い色をした美しい湖が広がっている。


(ユーインの瞳の色に似ているわ)


 彼の瞳も、この湖のように綺麗な青い色をしているのだ。

 透明度の高い水は、地づいて見下ろせば、驚くほどはっきりと湖底が見える。

 周囲は背丈の低い植物に彩られていて、その緑の曲線の向こうに白い雲が見えた。

 エマたちは今、雲よりも高い場所に立っているのだ。どうしてだろう、そのことに妙な感動を覚える。


「涼しいね。少し寒いくらいだ」


 一昨日くらいから肌寒さは感じていたが、さすがに山頂になると、標高が高い分気温も低い。


「そうね。でも、我慢できないほどじゃないわ」


 どうしても我慢できなくなったら、リュックの中に上着も入っている。山の夜はどうしても冷えるので、そういう時に着るために麓近くの町で購入しておいたのだ。

 湖の岸に座って、ぼんやりと湖を眺める。

 登ってきて疲れたこともあるが、この綺麗な景色を、しばらくぼーっと見ていたい気分だったからだ。

 ユーインもエマと同じ気持ちなのか、エマの隣に座ってぼんやりと湖を見つめていた。

 アーサーが湖の周りを駆け回っている。

 ポリーはエマの肩の上だ。

 湖面を滑ってきた風が、ひんやりと心地いい。


「綺麗なところだね。帰らずの山なんて言われているから人も来ないんだろうし、自然がそのままの形で残っている感じがするね」

「そうね。こんな素敵な場所を誰も見ないなんてもったいない気もするけど、だからこその景色なんだと思うわ」


 そして、だからこそ妖精がたくさん住んでいるのだ。


(妖精女王が気に入ったと言うのも頷けるわ)


 見える範囲だけで、たくさんの妖精たちがいる。

 普段は人間が来ないからだろう、彼らは遠巻きに、興味深そうな目でこちらを見ては、くすくすくすくすと内緒話をしていた。


「そうだ、ここに……ええっと、幻の薬草があるんだったね。どれがそうなんだろう? 見たところ、たくさん草が生えているみたいだけど、見分けがつかないね」

(そうだったわ! そういう嘘をついたんだった!)


 妖精女王の話なんてできないから、誤魔化すためについた嘘だったが、どうしよう、もちろんここに幻の薬草なんてない。

このままではユーインが手当たり次第にこのあたりの雑草を確かめていきそうな雰囲気だ。何とかしなくては……。


「えっと、幻の薬草は、そう! 朝早くにならないと見つからないらしいのよ! 月が隠れて太陽が昇る前のわずかな時間に、ええっと、光るんですって!」


 我ながらなんと苦しい言い訳だろうか。

 ポリーが「さすがにそれはないと思うよ……」と言っている。


(そうよね、わたしもないと思うわ……)


 もっといい言い訳を思いつかなかったのだろうか。

 いくらユーインでも今回はさすがに怪しんだだろうと思ってびくびくしたのだが、ユーインは「なるほど」と大きく頷いた。


「いかにも幻って感じがするね!」

(信じた!)

「信じたね……」


 エマの心の声に合わせてポリーが茫然とつぶやいた。


「いやいや、ユーインは人を疑うってことを知らないのかね。そのうち詐欺にでも合うんじゃないかって、あたしゃ心配になってくるよ」

(わたしもそう思うわポリー……)


 ユーインの将来に不安を覚えつつ、エマはひとまず疑われずにすんだことを安堵した。

 そのあとの問題もあるが、この調子なら、新しい嘘をついても信じてくれそうな気配すらする。心が痛いが、このままのらりくらりとかわしつつ、エルフの秘薬にたどり着けないだろうか。

 エマの嘘を信じたユーインは、わくわくした顔をしている。


(思いっきり期待している顔だわ、これは……、うぅ、心が痛む)


 もしかしなくとも「すわパナセアか!」と期待に胸を躍らせているのだろう。


(これは、妖精女王に会ってもらえなくて振り出し、なんてことにならないようにしないと……。薬の手掛かりも何も得られず仕舞いだったら、ユーインはきっととってもがっかりするわ)


 手掛かりがつかめれば、またユーインが期待しそうな嘘をつけるが、さすがに何もないのでは「ここははずれだったみたい」くらいしか言えない。それを言った後のユーインの落胆した顔を想像するだけで胸が苦しくなる。


「そ、そういうことだから、明け方まで何もすることはないわ! 夕食までもまだ早いし、少しゆっくりしましょう。連日の山登りで疲れたでしょう?」

「そうだね。山に入ってからずっと風呂にも入れなかったし、せっかくだから水浴びでもしようか」

「え、寒いわよ」

「このくらいなら大丈夫だよ」


 ユーインはそう言うと、ばさりとその場でシャツを脱いだ。


(きゃあ!)


 エマは慌てて顔をそらす。

 さすがに全裸にはならないだろうが、上半身だけでもすごく恥ずかしい。


(どうしてユーインは平然と裸になるの?)


 顔をそらしているとしばらくして背後で水音がしはじめたので振り返ると、ユーインが湖の中にざぶざぶと入っていくのが見えた。

 脱いだシャツも一緒に洗うつもりなのだろう、湖の中に持って入っている。

 エマは試しに湖の水に手を差し入れてみた。


「……それほど冷たくはない、かしら」


 とはいえ、さすがにエマはこの場で水浴びはできない。気持ちよさそうなユーインがうらやましいが我慢するしかないだろう。


(水浴びをしたら体が冷えるわよね?)


 エマは薪になりそうなものを拾って、湖の岸に火を起こす。

 ぱちぱちと炎が爆ぜはじめたころ、湖で遊んでいたアーサーが戻ってきた。


「なんだユーインは水浴びか? ガキだなー」

「アーサーだって遊んでいたじゃない」

「俺のは偵察だよ偵察。異常がないか見回ってたんだぜ!」


 その割にははしゃいでいた気がするが、ここは言わぬが花だろうか。ユーインがピクシーに攫われかけてから、アーサーなりに気を配ってくれていることは知っている。


「……今夜、妖精女王に会えるかしら」


 エマがざぶざぶと湖の中で泳いでいるユーインを見ながら言うと、ポリーが空を見上げて答えた。


「どうかねえ。だが、今夜は満月だ。タイミング的には悪くないよ」


 妖精女王は満月の夜にお出かけになることが多いからねえと、ポリーは言った。




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