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霊峰を目指して 7

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 ――赤い炎が、燃えていた。


 パチパチなんて可愛い音じゃない。

 ごうっと、まるで巨人の唸り声のような音を立てながら、赤い炎が濁流のごとく邸を飲み込んでいく。


「エマ‼ エマ、早く‼ こっちだ‼」


 アーサーが、炎によって砕け散った窓ガラスの破片で手早く作ったフェアリーリングを指して叫ぶ。


「待って、だって……だって……」


 熱くて、肌が焼けるようで、息が苦しくて、頭が朦朧として――

 ともすれば意識が飛びそうになりながら、エマは炎に手を伸ばす。


「おと、さま……おかあ、さまが……」

「くそっ!」


 アーサーが舌打ちして、エマに力いっぱい体当たりをした。

 ポリーがエマの右手を、「彼」がエマの髪を引っ張っている。

 後ろによろけた拍子にフェアリーリングの中に足を踏み入れて、その直後、エマは妖精界に飛ばされていた。

 元いた場所に戻してと叫ぶエマの言葉を、アーサーもポリーも「彼」も聞いてくれない。


 叫んで叫んで叫んで――どのくらい叫び続けただろう。

 ようやく人間界に戻してもらったときには、すべてが終わった後だった。

 灰色の煙を上げ、ほとんどが黒く焼け落ちた邸。

 ちょうど雨が降っていたから助かったと、誰かが言う。


 助かった? 

 どこが? 

 どんなふうに? 

 何が? 

 どう、助かったと。


 大勢の人々がいて、その中にぽつんとたたずむエマの存在には、誰も気づいていないみたいだ。

 無残に踏み荒らされた庭には、たくさんのバケツが転がっている。

 痛いくらいの勢いの雨が、エマの頬や肩を打った。

 雨の音すらかき消すほどの喧騒も、エマの耳には入らない。

 必死になって人々の中から父や母の姿を探して、見つからなくて、何も考えられなくてその場に崩れ落ちた。


 その時になってようやく誰かがエマの存在に気づいてくれたが、もう意識を保ってもいられなくて、土砂降りの雨に打たれながら目を閉じた。


 ――どうしてどうしてどうして……。




「『――』がお父様たちを殺したのよ‼」




 どうして、あんなことを言ってしまったのか。


 どうして――




     ☆




 エマはひゅっと息を呑んで目を開けた。

 どくりどくりと逆流しそうなほど強く脈を打っている心臓の上を押さえる。


(……夢)


 もう、何度同じ夢を見ただろう。

 焚火の炎を見つめていたからだろうか、それとも、この静かな夜がいけないのか。

 何度も夢に出て、けれどもここ一、二か月は見なくなっていた、それほど昔ではない過去の記憶に、エマはきゅっと唇をかむ。


(…………忘れてない。忘れられない。忘れてはいけない。わかっているわ)


 この夢は、エマに対する戒めなのだ。

 大切な友達を傷つけた、エマの罪。

 パチパチと薪が爆ぜる音がして、火がだいぶ小さくなっていることに気づいて、エマは慌てて薪を足した。

 ついでに虫よけのヨモギも入れて、空を見上げれば、ユーインの髪のように柔らかい金色をした月が輝いている。

 ユーインと交代で火の番をすることにして、ユーインに先に眠りについてもらったのを思い出した。

 ユーインを先に眠らせないと、優しい彼のことだから交代のためにエマを起こしそうにないと思ったからだ。


 旅はいかに体力を温存するかにかかっている。

 それでなくともユーインは行き倒れたばかりなのだ。

 食事と睡眠をとって元気になったように見えるが、そんなに簡単にすべてが回復するほど人間の体は丈夫ではない。

 今日一日だけで、ユーインがいかに善良で優しい人なのかということが嫌というほどわかった。そんな彼が無理をしないように見張らなくてはいけない。

 振り返ると、壊れかけの厩舎の中でユーインが静かに眠っていた。


(明日は宿が取れるように考えて動いた方がいいわよね)


 できるだけ移動距離は稼ぎたいが、野宿続きではユーインがばててしまうだろう。

 エマはカバンから地図を取り出した。


「……明日はこの町まで行きたいわね」


 朝になったら、村の人に訊いてみよう。

 誰か、野菜を売りに行く人がいるかもしれない。

 エマは地図を収めると、カバンからかぎ針と絹糸を取り出した。




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