(23)誰が『ざまぁ』されるものか
演劇部での3年間が引っ込み思案の紫陽を変えてくれた。特に最後の4ヶ月。
今堂々と胸を出して生きているのはあのときの経験が紫陽を支えているからだ。
ところが、そんな高橋紫陽は元の鏑木紫陽に戻ろうとしていた。
◇
シャツを3枚床に置いたまま、微動だにしない紫陽に夫が気づいた。
「紫陽。どうしたの? 大学遅刻するよ」
「どれを着たらいいかわからないんです……」
「え?」
かと思うと山のように服を買ってきた。
どれもこれも大きめで胸を隠すデザイン。
どうしたの? あんなに胸の谷間を強調してきたのに……。
夜中トイレに起き出した是也はリビングで妻がひっそりと泣いているのを見た。
サトルからタカハシに『学校へ密告があった』ことを告げられたのはその頃であった。
◇
紫陽にわけを聞いたタカハシは厳しい顔になった。
家のプッシュホンを押す。代表ダイヤルに『武川研究室』まで繋げてもらった。
淡々と、しかしキッパリと抗議をする夫を紫陽はオロオロと見ていた。
ところが事態を把握した武川の反応は意外なものだった。
『ブホッ』と笑ったのである。
◇
『ブホッブホッブホホホホッ』と電話の向こうで笑う武川にタカハシも紫陽も呆然とした。
武川、気でも違ったのか?
武川の陽気な声が聞こえてきた。
「タカハシ〜。お前3月2日仕事か?」
「仕事だよ」
「有給取れよ〜。面白いもん見せてやる!」
3月2日は『同機社大学卒業記念講演』の日だ。
◇
「カ・ブ・ラ•ギさあ〜ん♡」
うわっ! 『松尾芭蕉研究』の大葉助教授!
今日のネクタイは『東洲斎写楽』だね。相変わらず和柄で攻めてくるね。
「次の講演♡お役に立ちたいな♡」
パワーポイントを手伝ってくれた。ラスト『与謝野晶子』の顔がびょ〜ん! びょ〜ん! となって『アキコサイコウ! アキコサイコウ!』と機械が読み上げる演出を提案された。丁寧にお断りした。
「し・よ・お・ちゃあああ〜ん」
冷気が背中におぶさる。平畑アリサだ。
講演の和歌部分のチェックをしてくれた。
「今度一緒に飲みましょうねぇぇ」と指切りされる。亡霊と飲み友達になりそうだ。
3月2日。首席、鏑木紫陽は卒業記念講演をする。
3人教授が特別講演を行い、ラストの目玉として『最優秀論文』の筆者が20分の卒業講演をするのだ。
これが終われば次のビッグイベントは『卒業式』である。
紫陽は必死だった。
講演は卒論に沿って行われるものの、その後10分の質疑応答が問題だった。
ここに『ズルでいい思いしたカブラギシヨウが『ざまぁ』されるところが見たい』と思う下卑た聴衆が集まる。
誰が『ざまぁ』されるもんか。『ざまぁ』されるのはお前らだ。
見てろよ!




