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20/29

(20)新宿歌舞伎町ビル地下1階の奇妙な歌会

 思わず後ずさった。


「あ? キミ、誰?」


 紫陽は両手で詩集を前に突き出した。


「わわっ。私鏑木紫陽ですっ。こっこここここ孤月カルマさんに会いに来ましたっ。ごほっご本人には連絡済みですっ」


『虚空にて 孤月カルマ』という詩集をバナナ半パンはしげしげと眺めた。

 帯に『美濃文藝賞受賞!!』と印刷されている。


「あ〜。孤月くんのお友達ぃ? 彼なら来ないよ」

「え? だっ。今日の『歌会』の司会しますってぇ」

「あ〜。それ口だけ、口だけ。彼はねぇ。家の近所のコンビニしかいかないの」

「いや。でも私確かに孤月さんと面会の約束を……」

「だからそれ約束だけして本人来ないから。何? 彼のファンとかなの? やめなよあんな妄想だけで生きてる男〜。その歌集の9割が妄想だからね」


「うそ〜! この『一晩中仲間と飲んだあとに見た明け方の空』とか『初恋の彼女の残した髪飾り』とか全部妄想!?」


「妄想、妄想」


 バナナ半パンが手をヒラヒラさせた。


 呆然と立ち尽くす紫陽を気の毒に思ったのかバナナ半パンが大きくドアを開けた。


「『歌会』だけは本当。せっかくだから見てけば?」


 中を見ると女の子が3人いた。

「何〜。エロ親父。友達?」

「いんや。俺の知り合いの友達。歌会見たいってさぁ〜」


 1人は両腕にビッシリリストカットの痕があった。あまりに規則正しくついてるので一瞬『そういう服か』と思ってしまった。


 もう1人はギャル。『パパ活』してそうな美女だ。ルブタンのハイヒールを敷かれたコザから突き出していた。


 最後の子は銀髪シルバーのベリーショート。髪を空に向かって突き立てており、黒のビキニタイプの上着にカーゴパンツをはいていた。鼻にヘソに耳にいくつものピアスをしている。唇にもしている。痛そう。


 こ……こんなゴザの上に直座りですか……。

 紫陽は後悔していた。ついこの間サトルに『隙だらけだ何とかしろ』とキツイお灸を据えられたばかりではないか。

 それなのに『新宿歌舞伎町』と分かった上でノコノコ単身やってきてしまったのだ。

 孤月カルマもいないって言うし無事に帰れるだろうか。


 完全アウェーの気配をひしひし感じつつ。『歌会』が始まった。







「じゃまずはアタシから〜」両腕ビッシリリストカットが手を上げた。


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真夜中に鈍い痛みが走るときだけが生きてる白い背の我

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「アヤカー。また切ったの? いい加減にしなよー」

「だってぇ。切った時しか『生きてる』って思えないんだもんー」

「切りたくなったらね! 腕に輪ゴムつけてパッチンするといいらしいよ! あたしの精神科医せんせえが言ってた」

「そんな刺激じゃ足らないよー」


 え? 何? 何これ!? メンヘラの会なの?


 特に歌の論評はおこなわれず、ルブタンが手を挙げた。


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写メ日記1から10までウソだけどペットの香典もらっておくね

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「写メ日記?」紫陽は聞いてしまった。


「あ、あたしねー。上の『お風呂屋さん』で働いてるのー」


 紫陽だってそれが『銭湯に勤めている』ということでないのはわかった。

 正確には『お風呂屋さん』ではなく『石鹸の国』だろう。


「そんでね。お客さんを呼ぶために写真と日記を書かされてるのー。そこでね。『モルモットのもぐたんがしんじゃった。ぴえん』とか書くと結構お客さんが『はい。これ香典』てアマギフくれるのー」


「それはいいわー!」半パンが馬鹿笑いしてる。


「ま、もぐたん嘘なんだけどー」


「え? あの? ちなみに今まで何匹くらい『殺しちゃった』の?」紫陽は恐る恐る聞いた。


「えっとー。犬が2匹。猫が3匹。モルモットが3匹。エリマキトカゲが1匹かな?」


「で……その……実際に死んじゃったのは……」

「産まれてから金魚1匹飼ったことない〜」


 紫陽はなんと言ったらいいかわからなかった。

 だが周りは一切気にしてない。「うまくやったねー」とか言ってる。


「ハイ! ハイ! あたしー」

 へそピシルバー!


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「みはるちゃんみはるちゃん」と呼ぶ彼に「本当はちはるだよ」と言えなくて3年

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 うそっ。髪の毛おったててるアナタそんなとこあんの!?


「たつやじゃんー」

「同棲して2年だっけ? そろそろカミングアウトしなよー」

「本名も言えないし……家のトイレで『大』もできないの……」


 ヤバイじゃん。どうしてんの? コンビニとかスーパーのトイレ使ってんの? 千春たつやにベタ惚れだねー。


 場が思い切り盛り上がる。


 へそピがしんなりと「言えなすぎてもう『みはる』に改名しようかなって」と両手を床についた。


「よーし。最後オレ!!」

 カラッカラの明るさでバナナ半パンが歌を詠んだ。

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おっぱい100個とお尻100個どっちに囲まれて死ぬか悩む

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「ハァァァァァ!? 5.7.5ですらないじゃん!!」紫陽はいきりたった。

「自由律俳句です」

「何が自由律だ! 尾崎放哉おざきほうさい種田山頭火たねださんとうかに謝れっ」

「だって紫陽チャンのそんなおっぱい見たらさぁ〜」


 バナナ半パンが両手指をワキワキした。


「オレ今すぐ死ぬから冥土の土産にオッパイ触らせてくんない!?」


「いい加減にしろ!」

「エロ親父が!」

「ドスケベ!」

「土産はやらないが今すぐ死ねっ!」


 四方八方からどつかれて「イテッ」「イテッ」と腕でガードする半パン。


 …………私の想像してた『歌会』とだいぶ差があるんですけど……。

 ……もっとみやびなものなのでは……。


 ルブタンにリスカにへそピに半パンでは雅になりようがなかった。


『歌会』が終わるとバナナ半パンが新宿駅まで送ってくれた。

 紫陽は胸をガードしながら歩いたが何事もなく『3D巨大猫ビル』まで着いた。駅は目前。


「紫陽チャンまた来てね〜」バナナ半パンが片手を上げて『ヘニャッ』と笑った。


 まだ午後4時前で電車の中は光であふれており、さっきの地下室が幻のよう。


 なんだあれ。


 紫陽は一気に緊張が解け笑ってしまった。

 なんだぁ。歌って自由でいいんだ。そんなに肩ひじ張らなくていいんだ。


 1000年も残そうなんて思わなくていいんだ。

 その場だけワッとなって消えてしまっていいんだ。

 私名文ばかり読んでいつの間にか肩がこわばってたんだなぁ……。


『生活に歌がある』ってこういうことなんだなぁ。







 紫陽は卒論に没頭した。

 朝起きてから夜寝るまで与謝野晶子の歌について考えた。晶子が空を飛びながら金屏風をばらまく夢を見た。


 紫陽は『晶子から』の短歌界について書いた。

 歌は晶子が生まれる1000年以上前まで続いている。晶子が死んでも続いている。1000年も2000年も人類がある限りどこかで歌は詠まれている。


 晶子が切り開いてくれた『女性が堂々と性や愛について書ける気風』が令和の今どのように息づいているか書いた。


 悩むと孤月カルマにメッセージした。カルマはいつも丁寧な返事をくれた。


 それからタカハシと無限に討論し続けた。そうだ。私にはこの人がいる。あの素晴らしい卒論を書いた『大学設立以来の秀才』がいる。


 タカハシはいつも素晴らしいヒントをくれた。


『原稿用紙90枚も書かなきゃいけない卒論』がいつのまにか100枚になり200枚になった。ついに紫陽は250枚もの卒論を書いていた。

 10万文字。本1冊分紫陽は短歌について論じた。


 ただただ幸福だった。


 出した卒論が『最優秀論文』に選ばれたことを、紫陽は武川の秘書から電話で知らされた。


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【次回作はこちら】『16万年前の隣人』
― 新着の感想 ―
[一言] 書籍化してるなろう作家の方も、これくらい頑張ってるんでしょうね( ˘ω˘ )
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