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(2) 最高の卒論担当官と最悪の卒論担当官

 大学の学食は広い。

 紫陽の通う同機社大学の学食はガラス張りの15階。カフェテリアの他に有名チェーンの牛丼屋や、ドーナツ店まで入っていた。


 席にも余裕がある。大体の学生が荷物置きとして余分に椅子を使っていた。


「卒論~? 3ヶ月前に始めれば余裕っしょ~~。」


 東畑梨々香(とうはたりりか)がテトラパックのいちごミルクをチューッとストローで吸い上げた。


「だいたいさあ。卒論なんか4年になったら考えればいいことじゃん。旦那さん高校のセンセーだっけ? 真面目過ぎるんじゃないの?」


『そーなのよねー』紫陽は思った。『真面目が服を着てるみたいな人なのよねー』


「あ~来年卒論かぁ。めんどくさいわ。特に論じたいことなんかないわ」


 あんぐぅ、とドーナツを口に運びながら棚橋薫たなはしかおるが言った。紫陽はだいたいこの3人でランチしているのである。


「何かさぁ。楽してもらえるやつとかないの?」

「そりゃもちろんあれよ! 卒論担当官を選ばなきゃダメよぉ」


「誰が狙い目!?」

「誰がいいの!?」


 紫陽と薫が身を乗り出す。


「サイアクなのは……」

「「うん」」

天野啓治あまのけいじ!」


 やっぱり!


 天野啓治。国文科全員から恐れられている名物教授だ。レポートを何度でも突き返すことで有名だった。あだ名が『再提出の天野』『鬼野』だ。


 例え就職が決まっている生徒だろうと、卒業論文を突き返すと言われている。それだけ気骨があるわけだが、学生には人気がなかった。


「そんで最高なのが……」

「「うん」」

武川智樹たけかわともき!」

「「やっぱり!」」


 武川智樹助教授。あだ名は『タレ川スネ樹』

 目がタレてて細身。三度の飯よりゴシップが好き。どの教授に媚びを売れば出世できるかしか考えていない。


『タレ目のタレ川』

『タレコミのタレ川』


 というわけだ。


「タレ川はさぁ。ウチらの論文とかどーーでもいいのよ。『あいうえお』って書いて出しても通してくれるってよぉ~」


 それはそれでどうなのよ?


「あいつさぁ。担当学生の就職率にしか興味ないらしいよ。天野みたいに就職が決まってる学生の論文落とすなんて絶対しないよ。自分の出世が不利になるじゃん!!」


 タレ川は学生から全く尊敬されてないが、卒論だけは毎年抽選になるくらい人気がある。


「とにかくさぁ。第1希望をタレ川にしといて、ぜっっっったい天野の名前は入れない、それだけ気をつけて行こうよ! ウチら教員試験だってあんのに卒論のことまで考えられないよ!」







 ちなみに学校の先生になるには各学校の採用試験を受けなければならない。紫陽の希望先、松桜高等学校は下記のスケジュールである。


 4月 応募

 6月 受験票到着

 7月 第一次選考

 8月 第二次選考(面接)

 9月 第二次選考(実技)


 さらにこれと並行して『教職員免許状』を取る。免許がなければいくら採用試験にパスしたところで先生にはなれない。


 紫陽は国語教師になるのが夢だった。高校生の時から恋してきた高橋是也が国語教師だったからだ。母校の国語教師になりたいと三者面談の度に言い続けた。


 大学は夫の母校、同機社大学を選んだ。タカハシ先生の背中を追うことが彼女の生きがいだった。


 タカハシ先生の歩いてきた道を、どこまでも追っていきたい。


 幸い? 夫のタカハシは紫陽が大学を卒業する頃、教師の仕事を辞することが決まっていた。


 高校の経営母体『大里会』で経営に携わるためだ。今は『講師』として現代国語の授業だけを受け持ち、後は大里会で秘書業務をしている。


 松桜高等学校にぽっかりと空く『現代国語』の枠に滑り込みたい!


 これが紫陽の目標なのである。


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【次回作はこちら】『16万年前の隣人』
― 新着の感想 ―
[一言] >「とにかくさぁ。第1希望をタレ川にしといて、ぜっっっったい天野の名前は入れない、それだけ気をつけて行こうよ! ウチら教員試験だってあんのに卒論のことまで考えられないよ!」 あっ……(察し)…
[良い点] みだれ髪とだぶる感じがたまらんですね! 楽しみに読みたいと思います!
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