(18)小野小町クイズ
朝目が覚めると、夫はいつもの夫に戻っていた。
感情の振り幅が狭くて何を考えているのかわからない『得体の知れない鬼太郎』こと高橋是也だ。
ぼーっと新聞に目をやっているので(良かった。活字をまた見るようになったんだ)朝食を食べながら「是也さん。お仕事行かなくていいんですか?」と聞いた。
「うん……さすがに働きすぎたよ……サトルが心配してくれてね。週1日は休めるように取り計らってくらたんだ」
いや、そもそもサトル、アンタが学校の仕事しないから是也さんにお鉢が回ってきてるんじゃん。アンタの尻拭いなわけじゃん。
殿坂さんが出勤日を増やすことで日曜日は休めるようになったらしい。
65過ぎて退職金や年金が入りもう働かなくて良い身分なのだが、大里会のために一肌脱いでくれるのだそうだ。
「紫陽の卒論も手伝えるよ。俺に出来ることある?」
◇
そのときになって初めて紫陽は『そうか! これが私の望んでたことだ』と気づいた。
紫陽の質問に一方的にアドバイスをくれるのではなく、是也と『対話』がしたかったのだ。
そもそも高橋是也は人の話を『聞ける』人だ。
朝食を食べ終わるとソファに座って、紅茶を飲みながら話した。サトルがくれたクッキーが美味しい。
『武川に卒論のテーマを却下されて大変』という話をした。
「ああ。それでずっと俺に『これがいいか。あれがいいか』と聞いてたわけね」
そうです。それで大量の提案をされて資料読むのにアップアプしてしまったのです。
「是也さん……『与謝野晶子』を論じるのに、大事なことってなんでしょうね?」
◇
「うーん」夫はしばらく考えた「そうだねぇ……」
紫陽の卒論ノートにサラサラと何かを書いた。
「じゃあ。紫陽にクイズ。これ、『小野小町』が詠んだ歌と言われているんだけど意味わかる?」
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言の葉も常盤なるをば頼まなむ松を見よかし経ては散るやは
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うーん。『常盤』って『永久不変』て意味だよねぇ。
「『言葉も永久不変でお願いします。松を見なさい。時が経っても散りはしない』ですか?」
「はずれ」
ええ〜。なんだろ。わかんないなぁ。
「じゃあ書き方を変えるからね」
是也はサラサラと歌の下に文字を書いた。
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ことのはも
ときはなるをば
たのまなむ
まつをみよかし
へてはちるやは
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紫陽はInstagram 世代であった。Twitter世代であった。
じっと見るうち彼女の目に5文字が浮かんで飛び込んできた。
「あ! わかった!」




