(1)え? もう卒論準備ですか?
全28話完結済みです╰(*´︶`*)╯♡
「卒業論文の準備はしなくていいの?」
夫の是也に言われて高橋紫陽は『えっ!?』となった。
準備って。私はまだ大学3年ですけど。論文提出まではあと2年もありますけど。
「あと2年しかないよ。文献を読み始めないと間に合わないだろう」
「は……はぁ……。まずは何から始めるべきなのでしょうか……」
夫の是也は高校の国語教師だ。2人の出会いは6年前。教師と生徒としてであった。
妻紫陽は『タカハシ先生』に一目惚れ、自身が成人するまで待った。
そんで成人した瞬間に全力で告白。後は押して! 押して! 押して押して押しまくって無事21になる目前に『ハタチ妻』になったのである。
「題材は何にするの?」
「もちろん与謝野晶子『みだれ髪』ですよ!!」紫陽食い気味。
高橋紫陽ーー旧姓は鏑木なのだがーーカブラギにとって『みだれ髪』は特別な本だった。
『みだれ髪』とは、与謝野晶子の処女歌集である。 1901年(明治34年)8月15日出版。当時の彼女は結婚していなかったので、旧姓の鳳晶子名義であった。
明治の日本は女性が赤裸々に己の恋や性について語れる時代ではなかった。
しかし晶子は妻子のいた鉄幹(後の夫)への恋心や恋の成就について歌い上げ、センセーションを巻き起こす。
紫陽は『みだれ髪』を高校入学してすぐ買い求めると、夢中になって読んだ。
妻子ある『先生』に恋する晶子と、まだ高校生で教師に恋するなど許されない自分がオーバーラップしたのである。
=======================
やは肌のあつき血汐にふれも見でさみしからずや道をとく君
=======================
この歌に触れたときは思わずその場で立ち上がってしまった。
「これだぁぁぁぁぁ! これが私の気持ちだぁぁぁぁぁ!!」
興奮した。
何せ当時の『タカハシ先生』はあだ名が『得体の知れない鬼太郎』『スカした鬼太郎』『友達のいないスナフキン』なのであり、プライベートについて尋ねると
「そんなこと聞いてどうするの?」
と一蹴されてしまう。
どんなに近くに寄っても逃げてしまう『蜃気楼』みたいな男で、紫陽は淋しい思いをした。
『今日もタカハシのこと何にもわからなかったナァ』としょげて帰り、部屋の中でペンギンのぬいぐるみを抱いて『みだれ髪』を読む。そんな日々だった。
先生。ご存知ですか。私の中に先生への想いが熱い血潮になって巡っているんですよ。それに触れもしない人生寂しくないですか。
◇
これは高橋紫陽22歳。卒論提出までの苦闘の記録である。
え? たかが学生の卒業論文が何でこんな騒ぎになるの!?