部活を探します
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翌日、期初試験が行われた。杜乃宮学園は勉学に力を入れている学校なので何かと試験が多い。試験の結果は毎回掲示板に張り出され、生徒たちの向上心を刺激していくのだとか。
「試験難しかったな」
「受験の時より難しくない?」
「授業ついていけるかな」
「この結果張り出されたら、やばいかも~」
同級生たちが各々不安を口にする中、わたしはひとり手ごたえを感じていた。サヤが過去問全部残しておいてくれてよかった。対策なかったら大変だっただろう。
先代のジゼルの花たちは全員が全員常に成績がトップだったわけではないが、大半が常に成績の学年上位にいたらしい。なので、ジゼルの花を目指すにはまずは試験で好成績を残していくことが求められる。
期初テストは科目が少ないので、試験の全ての日程は一日で終了する。そして今日は授業後に小さな行事が始まる。
「今日から二週間は全部活の体験入部期間です。部活動は決して強制ではないですが、自分に合った部活動に入ればその分充実した学園生活になるでしょう。頑張って選んでみてください」
杜乃宮学園の部活は、文化部が大半を占める。勉学に励む必要があるため、多くの練習時間を必要とする運動部は自然と数が減っていったのだそうだ。ちなみに一番人気は生徒運営会議部という、通称生徒会である。歴代のジゼルの花で生徒会に所属している人は圧倒的に多い。生徒自身で学園の運営について考え、時には学長に意見し、よりよい学園生活を目指していくための部だ。しかし、希望者があまりに多いため毎年選抜が行われているという。
「体験だけなら制限はないでしょ?だから生徒会行こうかな」
「生徒会?去年は体験入部で30人いたらしいぞ。実際入部できたのは、5人とか」
「私は弦楽部かな、去年度のジゼルの花は弦楽部だったらしい」
「ええ、科学部廃部になったの?聞いてないよ」
わたしは同級生たちを横目に、早々に教室を出た。実はもう入部する部活は決めているのだ。
わたしの趣味は歌を歌うこと。サヤと母にしか聞いてもらったことはないが、いつもすごく褒めてくれるので、せっかくならしっかりしたところで歌を学んでみたいと常々思っていた。それに、歴代のジゼルの花で音楽系の部活に所属している人も多い。わたしは軽い足取りで声楽部の活動場所と教えられていた第三音楽室に向かった。
しかしだ。
「えっ、声楽部もうないんですか?」
「そうなんだよ、だからこの音楽室は今は軽音楽部が使ってるんだ」
第三音楽室から出てきた二年の先輩は申し訳なさそうにそう言った。学年ごとにリボンタイの色が違うので、見分けやすい。音楽室の中からはギターやドラムの音が聞こえる。
「一応バンドのボーカル希望なら募集してるけど、どう?」
「ありがとうございます、考えておきます」
わたしは一礼して粛々とその場を離れた。バンドはちょっと自分の求めるものと違う。
「いきなり困ったさんだな…」
廊下を歩きながら呟いた。サヤの時代には声楽部は存在していたのでてっきりあるものと思っていたが、そんな甘いものではなかったらしい。少し考えたわたしは、ないならば作れないかと先生に相談してみることにした。
「こんにちは、陽野さん。どうしたの?」
担任の先生は朗らかにわたしを迎えてくれた。
「入るつもりだった部活が廃部になっていたんですけど、新しく部活作ることできますか?」
「あらーそうなの。ちなみにどの部活?」
「声楽部です」
わたしの言葉を聞いて、ああと担任の先生は思い出したように呟く。
「声楽部ね、昨年度の三年生が五人所属してたのよ。けどうまく後輩が集まらなくて、結局彼らの卒業と共に廃部になっちゃったのよね」
「そうなんですか…」
「ちなみに部活を作るのは人数さえ集めれば簡単よ」
「何人からですか…?」
「五人よ」
「五人…」
簡単とは言うが、多分人数を集めるのが一番困難だと思う。
「ちなみに、同好会なら二人から作れるわ」
「そうなんですか!」
「ただし、同好会の場合は基本的に学園からの支援はないわ。例えば、予算。あと活動場所も。自分たちで見つけてくれば問題ないけどね」
「なるほど…」
わたしが神妙な顔をして唸っていると、すぐ背後から女子生徒の悲鳴が聞こえた。
「ええ!文芸部無くなったんですか!」
似たような話題に思わず振り向くと、わたしと同じ色のリボンタイの女子生徒がわたしと同じように先生の前に立っていた。
「そうなんだよ、ごめんね」
「そ、そんな・・」
女子生徒は顔を青くしてとぼとぼと職員室を出ていってしまった。なんとなくその女子生徒が気になって、わたしは思わず先生に一礼をして職員室を出る。すると、女子生徒は職員室を出てすぐの廊下で壁に頭をつけて項垂れていた。
「あの」
「……はい?」
顔をあげた女子生徒の目は潤んでいる。今にも泣きそうだった。わたしは慌てて自分のリボンタイに手を当てる。
「わたしと同じ一年生ですよね?何組ですか?」
女子生徒はちらとわたしのリボンタイに目を向けて、少し迷うようなそぶりを見せた後に口を開いた。
「い、一組、だけど…」
「わたしは三組の陽野菜乃日です。あなたの名前は?」
「……ひ、日暮茉夏」
恐らく紋家ではない、民家の人だろう。日暮茉夏は視線をうろうろさせて居心地悪そうにしている。
「さっき先生と話してるとこ聞いてしまったんですけど、わたしも行きたい部活が無くなってしまっていて…」
「えっ」
訝しむ表情だった日暮茉夏は、どこか仲間を見るような目つきに変わった。
「…少し、お話しませんか」
我ながらぎこちない誘い方だとは思うが、泣きそうな女の子を放っておけるほど神経は図太くないのだ。
「…うん、いいよ」
日暮茉夏も、ぎこちなく微笑んだ。わたしたちは廊下の窓にもたれて話をし始めた。
「わ、私、杜乃宮に来たのは文芸部に入ることが目的だったの」
「そうなんですか」
「うん、私本を読むのが大好きで、一番好きな作家さんが杜乃宮学園の文芸部出身って聞いて」
わたしは頷く。そういう動機はとても強い。
「文芸部は好きなように本を読んだり、書いたりする場所だったんだって。それで、文芸部の活動場所には世に公開されていないたくさんの物語が保管されてるらしいの。私、それがどうしても読みたくて…なのに…」
日暮茉夏はため息をついて肩を落とす。
「廃部だなんて…」
この世のすべてに絶望しているような声音である。
「わたしは声楽部に入りたかったんですけど、すでに他の部活がその場所にいました」
わたしもつられて声が落ち込むが、自分で言った言葉にはたと気が付く。
「日暮茉夏さん、文芸部の元活動場所は知ってますか?」
「あ、えっと、茉夏でいいよ。うん、印刷室の横にある備品室だったって。さっきは印刷室の場所を聞こうと思って職員室に行ってたから…場所もわかるよ」
そこで同時に文芸部の廃部を知って悲鳴をあげたのだろう。
「わかりました、茉夏。そこに行ってみましょう」
「ええ…?でも」
茉夏は無駄になると言わんばかりに小さく首を振る。改めて見ると、小動物みたいな女の子だ。
「行きましょう。印刷室はどこですか?」
わたしは茉夏の手を取って、進み始めた。
「えっえっと印刷室は第二校舎の2階だよ!」
「わかりました」
わたしたちは第二校舎に向かって歩き始めた。杜乃宮学園は、敷地がとても広い。一周するのに歩いて30分くらいは余裕でかかってしまう。授業用の校舎でさえ複数から成り、それとは別に図書館、体育館、講堂、食堂などの施設がある。杜乃宮学園は部活の数は多いが、基本はどの部活も専用の部室があるわけではない。それぞれ学園側が振り分けた教室で活動を行っている。そしてこの体験入部期間は原則としてどの部活もその活動所にいることが義務付けられている。
「ここだ」
あらかじめ学園の構内図は覚えていたので、すんなりと印刷室にたどり着くことができた。
「…備品室でしたっけ」
「そう、でも備品室は印刷室からしか入れないようになってるの…」
「わかりました」
わたしは躊躇なく印刷室の扉に手をかける。
「…閉まってます」
「そっか…」
「いえ、落ち込むのはまだ早いですよ」
表情を曇らせた茉夏にそう声をかけると、彼女は不思議そうに首を傾けた。その時、背後から足音が聞こえて振り向いた。そこにいたのはおそらく二年生の先生だ。
「あれ、新入生?こんなところでどうしたの?」
「あ、あの、えっと…」
茉夏はどうやら初対面の人と話すのが苦手らしい。わたしは一歩進んで茉夏の前に出る。
「すみません、文芸部の活動場所に行きたかったんです」
「文芸部?ああ、ここの備品室使ってたもんね。でも文芸部は廃部になったよ」
「そうみたいですね、残念です。あの、備品室を少しだけのぞかせて頂くことはできますか?」
こちらの心情を慮ってくれたのか、先生は穏やかに微笑んだ。
「いいよ。僕の印刷が終わるまででよければ」
「あ、ありがとうございます!」
「ありがとうございます」
先生は小さな鍵で印刷室を開け、わたしたちを手招きした。大きなコピー機が2台置いてある印刷室の入ってすぐ右側の壁に、扉がついていた。
「そっちが備品室だよ」
「はい、ありがとうございます」
備品室の扉を開く直前に茉夏の顔を横目で見た。緊張が滲んでいた表情は、備品室に入るなり一瞬で歓喜の色へと変わった。
「…わ!」
「へえ…」
備品室には、壁一面が本棚となっていた。一番端に予備のコピー用紙が置いてあるようだが、それ以外は全て文芸部の発行誌のようだった。本棚と反対側の壁には小さい机がひとつと二つの椅子が置いてある。
「すごい、こんなに。世に出ていない小説があるなんて…!」
「良かったですね」
「うん…!」
茉夏は丁寧に冊子を一冊抜き取り、中を見る。たまに嬉しそうな声が漏れ出てていた。わたしは備品室の棚をひとつひとつ見ていき、なんとなく一番古いものを手に取った。それは50年前の年が記載されており、わたしは感嘆の息をつく。目次を見ると、創作の物語だけではなく個人の随筆文もあるようだった。
『今日この日を忘れないように、ここにこの文を記します。未来でどうか会えますように。』
とある一日を記したと思われる随筆は、そのように締められていた。最後のページを見ると、筆者と編集者の名前が連なっている。さすがに知り合いはいないが、どこかで聞いたことあるような名前があるような気がする。本気で探せば今や著名人となっている人の文まで出てきそうだ。
「お嬢さん方、そろそろいいかな?」
「あっはい。茉夏」
「う…はい」
茉夏はどこか痛むような表情で冊子を手放す。わたしはそれを見て、小さく決心をする。
「ありがとうございました」
「いえいえ、じゃあ部活選び頑張ってね」
「はい」
先生と別れ、わたしは再び茉夏の手を取る。
「え?」
「行きますよ、職員室に!」
「ええっ?」
廊下を走るのはジゼルの花らしからぬので、可能な限りの速足でわたしたちは職員室へと向かった。
「先生、二人集まりました。同好会を作るにはどうしたらいいですか?」
「あら、それはおめでとう。どんな同好会にするの?」
「文芸同好会で。活動場所は、印刷室横の備品室でお願いします」
「ええ!」
茉夏が素っ頓狂な声をあげる中、周囲にいた先生たちは大人の余裕で穏やかに微笑んでくれた。
そうしてここに、杜乃宮学園にとって新たな同好会が発足したのである。