序章
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王立杜之宮学園への入学が決まった時、お義母さんから日記帳を贈られた。いつか必ずあなたの宝物になるから続けてみてほしいと言われて。結局毎日続けることは出来なかったけれど、厚い日記帳は残り数頁を残すだけとなり、私は明日卒業を迎える。
「サヤ、卒業おめでとう」
綿飴のような髪を持つ女の子がにこにこと笑いながら私に話しかけてくる。彼女は私の最優先すべき存在であり、今後も私が守っていくと決めている大事な大事な異母妹だ。
「ありがとう、菜乃日」
「何見てるの?」
菜乃日は私が持っていた日記帳へと視線を注ぐ。ただの日記と言ってしまうとなんだか味気ない気がして、私は少し言葉を考えた。
「…これはね、未来の自分へのお手紙だよ」
「お手紙?」
「そう。いつかの未来の私が読むためのもの」
「…わたしは読めないの?」
そう言う菜乃日の瞳は好奇心の光に満ちて輝いていた。他人が読むことを想定していない文章なので、開けっ広げに見せるのはさすがに気が引けた。どうしようかなと思ったが、すぐに我ながら妙案を思いつく。
「そうね。菜乃日が今の私と同じ歳になったら、読ませてあげてもいいかも」
「ほんと?」
菜乃日の高校生活を、私の学園生活の記録を見ながら振り返る。その光景を思い浮かべて、なかなか悪くない案だと思う。
「うん、じゃあ約束」
「約束!」
私よりちいさな小指と、約束のおまじないをした。
そして私はこの日記をその時まであの部屋に置いていこうと思った。私があそこにいた証として、未来の私と菜乃日への餞として。いつか菜乃日が今の私と同じ年数を生きた時、あの部屋に連れて行ってあげよう。
あの明るい部屋で、暖かい部屋で、お互いの日々の記録を語り合う。それはとても幸福なことだと思えた。なぜなら、想像するだけであまりの眩しさに少し涙が滲むくらいなのだから。
「じゃあわたし、サヤと同じ学校行きたいな」
「あら、大変かもよ?」
王立杜之宮学園はどこの高校よりも高い成績が求められる。菜乃日はまだ小学生だから、今から目指せば手に届く可能性はあると思うけど。菜乃日は少し頬を膨らませる。
「でもサヤと同じがいい!」
「じゃあたくさん勉強しなきゃね」
「うん!」
「大丈夫、菜乃日ならできるよ」
菜乃日が陽だまりのように柔らかく笑った。自然とこちらも笑ってしまうような、そんな菜乃日の笑顔が大好きだ。
そんな菜乃日の笑顔を守るためならば、私はどんなことだってしようと思える。
私はそんな自分を誇りに思っている。