逃げ水の彼女(2014年)
2014年に書いたストーリーをベースに1年1投稿する予定です。
まずは2014年の物を投稿致します。
ご一読いただければ幸いです。
照りつける梅雨明けの太陽が、私を浮き彫りにしていた。
ひどく渇いた咽喉は微々たる痛みを、私に訴えた。
その痛みは段々と、私の心を蝕んでいった。
私は懸命に辺りを見渡す。
コンビニを探していた。
大学に行く年頃の青年が、必死に探しているのが、これから遊ぶ予定の友人でも、ましてや恋人でもなく、どこにでもあるコンビニなのだから、笑える。
けれども私はそんなことは、どうでもよかった。
そんなことよりも、コンビニが簡単に見つからないことに、苛立ちを覚えていた。
どうしてもこの渇きを潤したかった。
「いらっしゃいませ」
コンビニ店員の客への対応は、なぜこんなにも無気力なのだろう。
私はキチンと、認知されているのだろうか。
空気みたいな男だから、気づかれていないのではないか。
ふつふつと不安が出で来る。
いや、しかし、この店員は誰にでもこのような対応なのだろう。
たとえ強盗が押し入ったとしても、阿保面のまま、壊れたスピーカーのように同じセリフを言うに違いない。きっとそうだ。
胸の中で店員を罵倒しながら、私は飲料水の棚まで足を運んだ。
棚には様々な飲料水が陳列していた。
だけれども、私の目を一番に惹きつけたのは、それらの飲料水ではなかった。
私の目は冷凍庫へ無造作に入れてある氷菓子を捉えていた。
子供の頃に、安いからという理由で食べていた、そして今では食べたいとも思わない、そんな氷菓子。
それがどうしてか、無性に食べたくなった。
いや食べたいのではない、咽喉を潤してくれると、そう思ったのだ。
私は多少乱暴に、それを掴むとレジに向かった。
店員は何処を見ているのか、わからないほど視点があっていなかったが、私がレジ前まで来ると、ようやく焦点を合わせ、会計をし始めた。
私は財布を開けて小銭を探す。
「温めますか?」
「は?」
思わず語尾が強くなってしまったが、それも仕方がないだろう。
唐突に氷菓子を温めるなどという頓珍漢なことを聞かれて、即答できる人間など珍しいのではないだろうか。
事実、店員も自分がおかしな発言をしたことに気が付いたのか、多少恥ずかしそうな表情を浮かべた。
「申し訳ございません。お会計は六十円です」
財布の中には、一万円札と五十九円が入っていた。私は無言で一万円札を投げ捨てる。
外に出ると、太陽の光が私の肌を刺した。
私は今すぐ氷菓子を、食べたくなる衝動に駆られた。
だがすんでのところで我慢する。
食べ歩きは美しくないと思うからだ。
室外で食べるのも恥ずかしいと感じるのに、食べ歩きなど死んでも嫌だった。
今時この考えが古臭いのは、重々分かっている。
だがどうしても食事をする際に、マナー違反をすることは憚れた。
このように、頑固だから友達が出来ないのだな。
思わず自嘲してしまう。
しかしそれでも、私は自分を変えることなど、自力では成し遂げられそうになかった。
咽喉は呼吸も困難なほど、渇ききっていた。
私は氷菓子を食べるために、座れるような場所を探し始めた。
本当は室外で食べることさえ、はしたないと思うが、咽喉は、そんな悠長なことを、言っていられないほどに、渇いていた。
角を曲がると、丁度よく小さな公園を見つけた。聞いたことのないような名前の公園だった。
その公園はひどく寂れていた。
無人という事実が、太陽によりさらに強調されている。
存在の理由を問いたくなるような場所だった。
私は遊べるような遊具が全くない公園に、ただ一つ申し訳なさそうに、設置してあるベンチに座ると、氷菓子の袋を開けた。
しかし、暑さボケしていたのだろう。
私は開ける口を間違えてしまった。これでは、棒を持つことが出来ない。
舌打ちが自然とこぼれる。
私は氷菓子が地面に落ちないよう、注意しながら反対の口を開けた。
氷菓子は綺麗すぎる青空色をしていた。
私はついに咽喉を潤せられることに、若干心躍らせながら、氷菓子を口に含んだ。
爽やかな冷たさと、懐かしい甘さが口内から食道、胃へと通じていった。
咽喉の渇きは潤いつつあった。
それに気分を良くした私は、この氷菓子をよく食べていた頃、つまりは子供時代を夢想した。
あの頃は純粋だった。毎日、友人と外を駆け巡っていた。
あの頃はまだそこまで意固地ではなかったはずだ。
友人も多いとは言えないが、いたはずだ。
いつからだろう。いつから私はこんな私になってしまったのだろう。
思い出そうにも、記憶はぼやけてしまって、とんと思い出せそうになかった。
気づけば私は、気分が悪くなっていた。
やはり、どれだけ気分が良かろうが、昔のことなど考えないほうが聡明だった。
思い出などどんなに良い出来事であっても、しょせん蜃気楼のようなものなのだから。
蜃気楼に騙されても、何もないというのに、私は失念していた。
氷菓子で得た潤いが、太陽で温まった体温によって、渇かされていく。
後に残ったのは、再び咽喉の渇きである。
氷菓子の甘ったるい後味が残っている分、先よりも悪化した気がした。氷菓子はまだ手元にあるが、どれだけ食べても最後には咽喉が渇くのを考えると、食べる気は到底起きなかった。
どうしようか、思わず頭を抱える。
「あの、隣に座ってもよろしいですか」
頭上からしっとりとした、柔らかい女性の声がかかった。
頭をあげた私は、女性を見て、そして全てを忘れた。
「いや、私も咽喉が渇いたからソフトクリームを買ったんですけど、
いつもみたいに食べ歩きをするのも、折角の夏休みにあれかなと思いまして。
どこか外で座って食べようと思ったんですけど、周辺ではこの公園ぐらいしか座れるところなんてなくてですね。
先客がいるから諦めようと思ったんですけど、その先客、つまりあなたが、手にアイスクリームを持っていたので、もしかしてと思って、勇気を出して座っていいか聞いてみようかなと思ったんです」
目の前の女性は太陽の眩しさに負けないぐらいの、天真爛漫な笑顔を浮かべながら、淀みなく喋っていた。
私は相槌を打っているだけだというのに、なぜここまで笑っているのか、理解に悩むが、彼女の美しさの前では、そのような疑問は問題ではなかった。
人懐こそうな優しい瞳、瞬きをする度に震える睫毛、筋の通った鼻、血行がよさそうな唇、顔のすべてのパーツが一等品で、一つひとつが、一番美しく見える場所に配置されていた。
また肌は絹のようにきめ細かく、そして白かった。その白さは、手に持っている、恐らくバニラ味であろうソフトクリームの白さや、彼女が着ている白のワンピースより、なお白い。
一瞬、彼女がこの世に存在しているのか疑ってしまうほどの、妙に魅力のある白さであった。
そんな彼女が笑えば、この世の全てが、先程まで悩んでいたことや、咽喉の渇きさえ、忘れられた。
私は彼女に夢中になった。一目ぼれをした。初めて会った彼女に、心酔していた。
ただただ私は、彼女の話を聞くふりをしながら、彼女の顔を見ていた。それ程までに美しかった。
「あっ」
彼女が会話の途中で、驚いた声を出したので、何事かと思い、彼女の目線を辿ってみれば、私の手に持っていた氷菓子と、彼女のソフトクリームが溶けて地面に落ちていた。
私は何も思わなかったが、彼女は悔しそうな顔を浮かべていた。
「あーあ、落ちてしまいました。
もうソフトクリームなくなってしましました。
んー、それじゃあ私はそろそろ置賜させて頂きますね」
彼女はそう言うと、再び微笑み、静かに立ち上がると、さっさと公園から立ち去ってしまった。
私は唐突の別れに呆然としていたが、彼女の名前を聞けていないことに気が付き、せめて名前だけでも聞こうと、彼女を急いで追いかけ始めた。
彼女の白いワンピースが丁度角に消えたところだった。
自分の息は、既に上がりきっていた。
心臓は今にも破裂しそうだった。
私は彼女に追いつけるよう走った。
しかし、私が角を曲がるころには、彼女は次の角を曲がっていた。
ひらりひらりと、彼女のワンピースのレースが角に消えていくのしか見ることはかなわなかった。
そして、いつしか私は彼女を見失っていた。とはいうものの、私はほとんど彼女に追いつけることを諦めていた。追いつける気がしなかった。
ただ、彼女に会った奇跡に感謝し、彼女の顔を一生の思い出にしよう。そう思い、彼女の顔を思い出そうとして、私は絶句した。
彼女の顔が思い出せない。
汗がどっと流れてきた。酷く咽喉が渇いた。しかし、どんなに頭をひねっても、彼女の顔が思い出せない。
ただ白い肌しか思い出せない。私は泣きそうになった。こんなのあんまりだと思った。そしてそう思えば思うほど、咽喉の渇きは酷くなっていった。
なにか、なにか咽喉を潤すもの。
私は今、咽喉を、本当の意味で潤したかった。そして真に潤してくれそうなものとして思いつくのは一つしかなかった。
そして、私はまた走り始めた。行先は先程までいた公園だ。
寂れた公園に、ポツンと置かれたベンチ前に落ちている、最早何色かわからなくなったアイス。
それを急いで手に乗っけると、砂のついてないところだけを手に残していく。
咽喉はまだかまだかと、待ちわびている。
そして私は手に残った、体温に晒されたせいか既に液体になったそれを一気に煽った。
咽喉が、潤った、気がした。
2021年のものは2月14日(日)に投稿致します。
因みに「死神の思し召し!~役立たずだと追放された。死を視て罠を解除していたのに……。今さら戻って来いといわれても、もう遅い。可愛い死神たちに好かれてそれどころじゃねぇ!」を執筆しております。
もしよろしければご覧いただけると幸いです。