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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

騎士団トイレの花子さん

作者: 稲光結音

 第二騎士団の不祥事が明るみになった事は城下に住む人々を不安に陥れた。なにせ、人々を守るはずの第二騎士団の団員が自分達の住む宿舎に一人の少女を連れ込み、強姦、殺害。

 その死体の隠蔽をしようとしていたところを同僚に発見され、確保されるという事件だった。

 これにより、当時の第二騎士団団長は降格、副団長となるが、肝心の犯人は貴族であった事もあり、退団処分となって生涯を自宅幽閉される事になる。

 平民達は少女の魂を慰めるため、第二第三騎士団共同宿舎に花を添えた。

 この出来事は犯人の名前を取ってラス・トックス事件と呼ばれ、城下の民と騎士団の間に僅かな切れ目を入れる事になる。


 それから数か月後の事。騎士団宿舎の一階西トイレで幽霊を見かけたという話が出てきた。ゴースト系のモンスターが苦手すぎて魔物退治専門の第三騎士団から追い出されたという筋金入りの怖がりが噂の出所だったので、何かの見間違いだろうという見解が一般的だった。

 しかし、その噂を確かめてやろうという肝試しが騎士団の中で娯楽となる内に、実害が出てしまう。

 トイレで自分の首を抑え、気絶する男が出てきたのだ。彼の命に別状は無かったが、話を聞いてみれば少女のゴーストにやられたと語った。触れもせず呼吸を止めてきた、と。

 そもそも霊とは元は人間とは言えモンスターのような扱いだった。それを甘く見ればどうなるか、分かっていない団員の多さに新しく就任した第二騎士団長は頭を抱えた。

 恨みを抱えた人間の魂が周囲の魔力と混じり合い新しい存在に生まれ変わった霊というものは、刺激せず、すぐに対霊魔法の使い手に処理してもらわねばならない。

 第二騎士団団長もそのつもりであったが、霊のスペシャリストは第三騎士団所属で、ちょうど遠征に出ていたのだ。

 その間に、第二騎士団の面々は興味本位で、または発生位置がトイレであるという事から仕方なく霊が出ると噂された場所に近寄ってしまった者もいた。

 第二騎士団長は歯噛みした。最初に噂が出た時点で警戒を促すべきだったし、そもそも霊になるだけの恨みがあるのは当然であると考えるに至らなかった。それは団長としての経験不足がそうさせていたのは明らかだ。故に現団長は自分に腹が立ったのだ。

 とはいえ、いつまでも自分自身を責めても仕方がない。霊が実在するなら祓わなくてはならないのだから。専門家というほどではないが、第二騎士団にも対霊魔法の使い手はいるので彼に頼むか、しばらく西トイレの使用を禁止して第三騎士団のスペシャリストが戻ってくるのを待つかの二つに一つだった。

 前者で祓えれば問題は無し、しかし祓えないほどの強力な悪霊だった場合、無駄に刺激するだけになってしまう。団長は悩んだが、対霊魔法の使い手自身からの自己推薦もあり、彼に託すことにした。

 ジャス・ティーブレイ。第二騎士団の有名人。剣の腕前、魔法の手腕に覚えている種類の幅の広さ、人柄、顔、実家の格、城下での信頼の厚さ、どれを取っても文句無しの男。当然のように使い手の少ない対霊魔法も使いこなす。そんな男だった。

 彼が自ら霊を祓おうと考えたのはいつまでも霊としてこの世に恨みを残し続けるのはその少女にとっても辛いだろうと考えているだけではなく、例の強姦魔ラス・トックスとは同室で同僚だった。そして死体を隠蔽しようとしているところを発見したのも彼だった。第一騎士団に入れなかったラスの態度の悪さは知っていたが、まさかそこまでやるとは思わなかった。

 しかし、彼を止められなかったのは自分にも責任があるのではないか。そう考えてしまうのだ。もし、自分がもっと早く気付いていれば一人の少女の命は助かったのではないか。事件の後、彼は苦悩していた。そして今回の件は自分が片を付けるべきだと考えている。よって自ら挙手したのだ。

 そもそも彼は幽霊の噂が流れた時、野次馬根性というわけではなく霊を処理すべく調査をした。その時は結果が出ず噂は噂に過ぎないと肩を撫で下ろしたものだ。しかし、時間が経ってみれば被害者が出始めた。ならば今こそ自分が動くしかないと考えた。

対霊魔法を付与する事の出来る銀の剣を倉庫から持ち出し手入れをして時間を潰すと、ジャスは深夜に一階西トイレへ向かった。

 一番奥の、個室。そこに出るという。ジャスとていっぱしの騎士だ。気配くらいは分かる。前に調査に来た時とは明らかに違う。トイレに入った時から、何やらおかしな魔力が渦巻いているのも感じる。

 噂の霊に会うより先に対霊魔法、ターンアンデッドを銀の剣にエンチャントしようとしたところで、魔法が不発になったのを感じた。


「ここではそういったものは禁止させてもらっています」


 トイレの奥、個室の方から少女の声が聞こえる。場違いなほどに落ち着いた声だ。


「……なに?」


 男性用の宿舎であり、この第二第三騎士団共同宿舎に女はいない。ともすれば、少女の声がするはずもなく、それは声の主が宿舎に忍び込んできた女か、霊かの二択である。

 しかし、霊だとすればおかしな事もある。霊というのはもっと、感情的で、声ももっと雑音混じりというべきか、聞き取りづらい声をしているものだ。少女の澄んだ声は幽霊のものとは思えない。

 だとすれば忍び込んできた人間か、そのポジティブな発想は打ち砕かれた。個室からひょっこりと顔を見せた一人の少女に見覚えがあった。

 それはラス・トックスの隠蔽しようとしていた死体と同じ顔をしていたのだから。


「念のため、武器の持ち込みも禁止しておきましょうか」


 彼女がそう呟くと、銀の剣は急に重量を増したかのようにトイレの床に叩き付けられた。


「君は、フラーちゃん……?」


 フラー。それはラス・トックス事件の犠牲者。濃い桃色の髪にウェーブがかかった可愛らしい少女で、その見た目で何が不満なのかと周りがいつも思うくらいに毎日をつまらなそうに半目で過ごしていた。

 十二歳という若さながら他人をやり込めるのが大好きで、騎士団相手にも反論を仕掛けた結果、生意気だという理由で逆鱗の触れ、犯され殺されるという結末を迎えた悲しき少女。


「ちゃん付けはやめてもらいたいですね。今の私は寿命を超越した存在、幽霊なのですから」


 幽霊というのは基本的に足が無く、浮遊しているものだ。しかし彼女は生前と同じように足で歩いているように見える。


「それはすまない。君は自分が幽霊だという自覚があるのか」


 これもまた例外。霊というのは基本的に自分が死んだという自覚が無い。ここまで見ると、明らかに霊の中でも逸脱した存在である彼女は、見た目だけでは生きている人間と変わりがないように見える。なんなら、自身を霊だと言って悪ふざけをしているようにすら思える。だが、ジャスは知っている。彼女が一度死体となっている姿を。


「まあ、霊という自覚はありますよ。なんなら霊界でしばらく過ごしてましたからね。そこで面白い力も手に入れまして」

「霊界……?」


 それはジャスにとって聞き覚えの無い単語だった。死んだ人間の魂が行き着く先にそんな場所があるという話は聞いたことがない。


「理解してもらおうとは思っていませんよ」

「そうか。こちらも幽霊相手に長話するつもりはないよ。早々に除霊させてもらおうか」


 そう言って剣を拾おうとするジャス。しかし、剣を拾う、そのアクションを行おうとすると身体が動かなくなってしまう。


「私の支配領域下において、除霊魔法の禁止と武器の携帯禁止を発動させてますから武器を取ることはできませんよ」

「なんだって? そんな魔法があるなんて聞いたことが無い……」

「禁止魔法と名付けました。私だけの魔法ですね。しかし、力がある身というのはその技を振るいたくなるものだという事がよく分かります。私を殺した男もそんな気持ちだったのでしょうか」


 あまりに淡々と話すその様子はまさに人外の者だった。なにせ、自分を殺した相手に対しての話題ですら大した感情が浮かんでいるようには見えないのだから。

 そして、それは幽霊としておかしい。霊は残留する思念と魔力の混合物であるというのが定説。自分を殺した相手が憎くないのであれば、霊として存在できず成仏するはずだ。

 ならば何か、成仏できない理由がある。ジャスはそれを引き出す事にした。


「フラー、君がこの世で何をしたいんだい?」

「そうですね、とりあえず霊的な力を強めていきたいと思います」


 危険な発想だ。なにせ彼女は人間を気絶させるだけの力を持っている。被害者の症状からして恐らく、呼吸すら禁止できるのであろうと予想できる。それがより強くなってしまったとしたら? 遊びの気分であっさりと人が死ぬ。それはどうしても避けねばならない事だった。


「力を強めて、何がしたいのかな」

「一日中実体化できるようになって、その後はこのトイレから自由に出られるようになりたいですね。私、地縛霊なので」


 とりあえず朗報なのは移動範囲が制限されている事が確認できた事だろうか。


「自由が無いのは辛いだろうからね。その後は? なにかやりたい事があっての事だろう」

「そうですね。恋の一つでもしてみたいと思います。私、恋愛というものが分からず死んでしまったので」


 それはやけに大人びた少女の、あまりにも少女らしい願い。凶暴な力の裏に隠された、十二歳の子供のちっぽけな望みだった。

 ただ、それが彼女を縛り付けているのだとすれば。彼女の命を奪った男の所属していた第二騎士団が叶えてやらなければならないものなのではないのだろうか。

 そんな考えがジャスの頭をよぎる。しかし、きっと彼女は第三騎士団の対霊魔法の使い手によって滅ぼされる。成仏させられてしまう事だろう。

 しかし、しかしだ。第三騎士団の対霊魔法でさえ対処できない強力な霊だとしたら、恋をしたいという小さな願いを、第二騎士団が叶えてやる事はできないだろうか。ジャスはそう考えた。

 むしろ、今だけでも――。


「フラー、なんなら俺が君の恋人に立候補しても」


 口にできるのはそこまでだった。突然の息苦しさにジャスは目を白黒させる。


「同情が見え見えなんですよ。腹が立ちますね」


 腹が立つ、と言葉にしてなお、声を荒げたりはしない。ただ世の中つまらないという顔で幽霊少女は第二騎士団の男の後ろ、トイレの出入口を指差した。


「この一帯での呼吸を禁止しました。さっさと出ていく事です」


 やはりそういう能力か。などとジャスの中の冷静な部分が納得する。だが今はそれ以上に、息を止められたのが辛い。

 情けなく少女に背を向け、トイレから脱出する事となった。

 結果を見れば除霊は失敗。

 しかし、上司に報告するだけの情報が得られたのは事実。

 騎士団と少女霊との戦いはここから始まるのだ。

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