婚約破棄と言われても、もう結婚から45年経っているのじゃが
私の想い人であるアレンが婚約破棄を突き付けてきたのは、昼寝にちょうどいい、ぽかぽかした気温の春のある日のことでした。
「メアリ、婚約破棄してくれ! 俺、いつの間にか、お爺さんになっている! 魔王の呪いか? こんなお爺さんの姿の俺では、メアリを幸せにできない!」
アレンは困惑している様子です。記憶が魔王を討伐した当時に戻っているのかしらね。
私はアレンを落ち着かせるようにやさしく語り掛けます。
「はいはい、お爺さん、結婚してから45年経ちましたからね。ほら、私もお婆さんでしょ?」
手を握っているとアレンの焦点が定まり、だんだんと現状を思い出してきたようでした。
「おぉ? あぁ、そうじゃった。そうじゃった。メアリは婆さんになっても美しいのぉ」
「あら、お世辞でもうれしいわ」
アレンは45年前に魔王を討伐した、この国の英雄でした。また、35年前に隣国の闇魔術師が放った流星魔法をすべて防いだり、30年前に暗黒暴龍を倒したりと、この国の歴史に何度も名前が残るような活躍をしてきました。
しかし加齢には勝てず、認知症により、今は記憶が混濁することも増えてきました。いかに魔法があるといえども、加齢を治療することはできません。
彼が救国の英雄である一方、私は後ろ盾もないただの平民でした。同郷の幼馴染ではありましたし、子供のころからの婚約者ではありましたが。魔王討伐後の救国の英雄を前に目を輝かせた貴族の女性からは、彼にふさわしい女性だとはみなされなかったものです。
彼は、婚約者がいるから、とすべての女性からの縁談を断っていました。貴族の女性たちはこれを逆恨みし、私のことを「英雄をたぶらかす悪女」と噂していたものです。
彼にはハニートラップも良く仕掛けられていましたが、私の唯一の才能がそれをすべて阻みました。
今日のアレンはそのころに記憶が戻っているようです。
「メアリ! 今朝気づいたら、ベッドに裸の男がたくさんいたのだが、もしかして俺は男色家に貞操を奪われたのだろうか! もしそうなら、君に申し訳ない。君が望むなら婚約破棄も仕方ないと思う」
「それは私の守護結界の効果ですよ。貞操を狙う女性がベッドに入ってきたら、性別が変わるように結界を掛けてあるのです」
私は、平民でしたが、結界魔法の才能があり、結界魔法使いとして王城の結界を一人で維持しておりました。それだけでなく、アレンを守る風変りな結界魔法を開発し、ハニートラップを仕掛けてくる女性たちを排除しておりました。一時的に男性化した貴族の女性たちには悪いとは思いますが、一週間も経てば戻るのですから、悪女と言われるほどではないと思っております。
私の結界魔法がなくとも、彼は私以外に興味がなかったようで、悪い噂も気にせずに結婚に至りました。以来、浮気することもなく、(英雄として許されたにもかかわらず)妾を取ることもなく、二人でラブラブな生活を送ってきました。
翌々日になりました。今日もアレンは婚約破棄にご執心の様子です。
「メアリ、婚約破棄じゃ!」
「お爺さん、それは一昨日やったでしょ」
このような具合でアレンの病状は一進一退ですが、45年連れ添ってなお、彼を愛している私には、今の生活がとても幸せに感じます。
次の日、アレンがこんなことを言いました。
「そろそろ、暗黒暴龍の子供を狩りに行く時期じゃないかの」
暗黒暴龍の成体(650歳)は30年前に狩ったため、強力な個体はおりませんが、暗黒暴龍の幼体は数年に一度、間引きをしておかなければ、縄張り争いで周りの町に被害が出ます。
「そうね、そろそろ間引きをしたほうが良いかもしれないわね」
アレンは英雄と言われた昔は大剣を使っていましたが、息子ができて隠居してからは剣に触ることはほぼなくなりました。田舎で自給自足の暮らしをしているためか、今は鍬が得意武器となっています。
山を一つ越え、暗黒暴龍の住処に足を運びました。
歳を取ったとはいえ、この国一番の結界魔法使いだった私が、アレンに今できる精いっぱいの守護結界をかけます。今の私の結界でも、流星魔法から王城を守り切るほどの頑丈さがあります。
準備が整ったアレンは45年前の魔王討伐時から鍬を使っていたのではないかと思えるほどの鍬さばきで、暗黒暴龍の幼体を圧倒し、間引いていきます。
3体の幼体を倒し、解体して肉を無限収納袋(魔王討伐時にもらったものです)にしまうと、二人で手をつなぎながら家に帰りました。
暗黒暴龍の肉が手に入ったので、今夜はハンバーグです。アレンは歳をとったとはいえ健啖家であり、特にハンバーグが好物です。
久しぶりのドラゴンハンバーグのおかげか、アレンはまた記憶が混濁したようです。
「こんなにうまい飯を作ってくれて、こんなにも甲斐甲斐しく世話をしてくれるお前さんに惚れ直してしまったぞい。魔王討伐後と言わず、今すぐにでもお前さんと結婚したいわい」
「あらあら、ありがとう。結婚なら45年前にしたわよ」
「そうか、なら儂は世界一の幸せ者じゃの」
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私たちには子供が3人おります。
長男はこの国の騎士団長となり、平和を守っております。アレン譲りの大剣の才能があり、43歳になった今でも、剣で敵う者はいないと言われています。
長女は魔法研究所の所長をしており、人々の生活に役に立つ魔法を開発しているそうです。彼女は孫とともに時々家に帰ってきて、一緒に住まないかと声をかけてきます。
次男はこの国の女王の婿となり、王配として政治にかかわっております。彼が私たちの隠居先に配慮をしてくれているおかげで、元英雄のアレンが静かに暮らせていると言えます。
子供たちも孫たちもかわいいものですが、もう少し夫婦水入らずの生活を送りたいものです。
アレンが思い出を忘れていくのをつらく感じるときもありますが、まだまだ二人とも元気ですから、子供たちの生活の負担になりたくありません。それに、アレンの記憶が昔に戻るということは、何度でもプロポーズしてくれるということですから、この生活も悪くはありません。
「メアリ、好きだ。結婚してくれ」
「ええ、もちろんいいわよ」
そういえば、私もすっかりお婆さんになったというのに、アレンが私のことをメアリだとはっきりわかるのはどうしてなのかしらね。
終
お読みいただきありがとうございます。
2/10 本文・あらすじのアレンの病名を修正いたしました。内容自体に変更はございません。