第6話つかの間の休息
宮崎キャンプの前日、俺はまた月美さんに起こされた。
「早く来ないと李に全部食べられるよ!」
毎朝この言葉と共に起床するようになった。
『食堂』に行くと、いつも通り美味そうな朝食が用意されていた。
朝食を食べていると、誰かの携帯が鳴った。
植森がポケットから携帯を取り出し、メールを打った。
「行儀悪い!」
月美さんにコツンと軽く叩かれる。
「で、誰からのメール?」
月美さんが携帯を覗こうとしているけど、植森が必死に阻止している。
隣にいたマイケルが「誰からだと思う?」と聞いて来た。
「さぁ? マイケルはどう思うの?」
「やっぱコレだろ」
そう言いながら小指を立てる。
「植森って彼女いるの?」
「さぁ?」
マイケルがさっきの俺と同じように首を傾げた。
騒がしい朝食の時間が終わるとあっという間に暇になった。
マイケルや犬飼さんはどこかに出かけ、松本さんも彼女のところに出かけて行ったらしく今はいないし、天野さんは弟の練習を見に行くと言って出かけ、杉本さんは買い物に出かけた。
暇だから植森と練習しに行こうと準備してたら、玄関からチャイムの音がした。
ドアを開けると、月美さんと李さんがちょっと変装してるつもりっぽい服装をして立っていた。
「植森を尾行するよっ!」
「はぁ?」
いきなり何言い出すんだこの人は。
「植森がさ、こっそりどこか出かけたんだよね、気になるよね?」
「全然」
はっきり言って全く興味がない。
「まぁそう言わずに‥‥ね?」
月美さんの顔が某CMのチワワみたいになる。
「‥‥分かりました」
完全に負けた。チワワ顔に。
そんな訳で植森を見失わないように頑張って尾行した結果、カフェに着いた。
植森が入ったので、俺らも入った。
植森がぎりぎり見える席に座った。
「カフェで一人なんて‥怪しいねっ!」
ぶっちゃけこっちの恰好のほうがおかしい。
「誰かと会うのかな?」
月美さんは完全にウキウキしてる。
李さんは黙って頼んだコーヒーを飲んでいる。
しばらくすると、背の高い女の人が入って来た。
スポーツ選手のような体つきで、ジャージを着ていた。
サングラスをしていて顔はよくわからない。
「あれ、近江紫絵瑠じゃない?」
近江紫絵瑠は女子サッカーU−18日本代表の大型―――身長178センチ―――エースストライカーでU−18のワールド杯大会ベストイレブンと得点王にもなった選手だ。
アイドル顔負けのルックスと去年日本代表にも選ばれたことでテレビでかなり話題になり、かなりの人数のファンがいるらしい。
後ろ姿は似ている気がする(ってもニュースでしか見てないけど)。
「近江さんも東京ミストラル・レディースの選手なんですか?」
月美さんに聞くと首を横に振った。
「あの人は確か浦和のはずだけど‥‥」
「ってことは、わざわざ東京まで‥」
「会いに来たってことだね」
女の人はサングラスを外した。
二人は楽しそうに会話している。
10分くらいすると、二人でカフェを出た。
月美さんの言う通りやっぱり近江さんだった
近江さんはサングラスを店から出る直前につけた。
近江さんは植森より背が高く、二人で並んでいるとカップルと言うよりも仲の良い姉弟のようだ。
「じゃ、帰りますか」
俺がそう言うと、月美さんが嫌そうな顔をする。
「え〜もうちょっと〜」
「駄目です」
「え〜」
「帰りますよ」
嫌がる月美さんを李さんと二人で文字通り引きずって帰って来た。
植森が帰って来たのは夜だった。
『食堂』で飯食ってると植森が入って来た。
「デートどうなったの?」
いきなり月美さんが聞いた。
植森は「何で知ってるんですか?」とあわてふためいている。
いや、尾行されてんの気付けよ、すぐ分かるだろ、と脳内ツッコミを入れる。
月美さんが色々聞いているが植森は全く答えない。
飯を食い終わり『食堂』を出た。
自分の部屋に戻ってからしばらくすると、玄関からチャイムの音がした。
ドアを開けると植森がいた。
「お前も見に来たんだって?」
俺が頷くと植森は溜息をついて頭を掻いた。
「誰にも言うなよ」
マスコミがかなり注目してる選手だし、変な所で話題を作るのが嫌なんだろう。
「分かった」
「よかった‥」
植森がホッとしている。
「とりあえず中入れよ、色々聞きたいし」
俺はそう言って植森を中に入れた。
植森は中に入るとソファーに座った。
俺は植森の向かいに座る。
「いつ知り合ったの?」
まずは一番聞きたかったことを聞く。
「高校の時。同級生なんだよ、紫絵瑠。入学してからずっと学校一の有名人だった」
「何で?」
近江さんが代表に選ばれたのもU−18代表のワールド杯も去年の話だ。
「中学の時から浦和・レディースの選手なんだよ」
「そんなこと出来るの?」
「一応ね。練習に参加してただけだけど。高校2年からはプロ契約した」
「お前より先輩なんだ」
冗談のつもりだったけど、植森は全く笑わなかった。
「そうだよ‥だからあいつより活躍しなきゃいけないんだよ‥‥『近江紫絵瑠の彼氏』じゃなくて『植森博之の彼女』にするためには。だからJ1だったこのクラブを選んだ。J1で活躍すれば有名になれるから‥紫絵瑠には‥負けたくないんだよ‥」
植森が真剣な顔で言う。
「だからまずはこのチームでレギュラーをとって、昇格させる。それからチームをJ1定着させる。段階を踏んでから優勝を目指さなきゃね」
嫌味を言われた気がした。
「‥悪かったね」
「別に、いつかは優勝したいし」
植森はそう言って立ち上がる。
「だから協力はする」
植森はそう言って出ていった。