第3話寮の住人
入団会見の後、俺はマイケルと植森にクラブの寮に案内された。
身辺整理の関係で、まだ練習に参加してない俺と違い、マイケルや植森は既に練習に参加していて、寮の場所も知っていた。
ちなみに東京ミストラルは今年一番早く、2日前に練習が始まっている(これだけ早い時期に練習が始まったのはJでもかなり早いほうらしい)。
「ここが東京ミストラルの選手寮だぜ」
「ちっちゃいね」
選手寮、というより普通のマンションをちょっとおっきくしたようだった。
「まぁそんなに入居者多くないしね‥‥でもちっちゃくはないと思うよ? 全員個室だし‥‥」
「そうなの?」
「ああ。ちなみに今いるのは今年入った新卒5人と天野さんと杉本さんと李さんの8人だぜ」
「じゃ、入ろうか」
植森が先に俺の部屋に入った。
「お前の部屋はここだぜ」
マイケルも俺の部屋に入る。
俺も、二人について行った。
部屋には家具とダンボール以外何もなかった、当たり前だけど。
ちょっと広い以外は普通の1LDKだ。
「遊び来たよ〜」
後ろからビニール袋いっぱいの食べ物や飲み物を持って犬飼さんが入って来た。
犬飼さんはテーブルの上に袋をおくと、そのままソファーに横になった。
「これだけあれば歓迎会できますね」
植森が袋を漁りながら言った。
「ほんじゃみんな呼んで来て〜」
「ウッス」
そういってマイケルは部屋を出ていった。
トントン、とノックの音がした。
俺がドアを開けると、茶髪、長髪の茶色の目をした日に焼けた小柄な男、小柄でドレッドヘアーの男、ストレートで黒髪の眼鏡をかけた長身の男とマイケルが立っていた。
「遊び来たよ〜」
4人とも俺を押しのけ、部屋の中に入って来た。
「茶髪の人が天野浩司さん、ドレッドの人が杉本正一さん、黒髪の人が李日晃さんね」
植森が小声で教えてくれた。
「よろしくな」
天野さんが袋を漁りながら言う。
「お願いします」
俺が3人に礼をすると、他の2人も手を振った。
犬飼さんが買って来た材料で植草やマイケルが料理して(植森は意外に料理が上手かった)、出来上がった料理―――鍋いっぱいのシチューや唐揚げとマイケルが作ったサラダ―――がテーブルの上に並んだ。
「乾パーイ!」
俺達は犬飼さんが買ってきたスポーツドリンクをコップに出して乾杯した。
シチューや唐揚げをみんなに配っているのは植森だ。
「唐揚げウマ! シチューウマ!」
俺がそう言うと、忙しそうにおかわりを配っている植森は微笑みながら「ありがと」と返した。
この勢いで無くなれば、植森の食べるぶんは残らなそうだ。
「そういえば、お前今年のJ2チーム全部知ってんの?」
杉本さんが唐揚げを頬張りながら俺の方を向いて聞いて来た。
「去年の順位順で甲府までは」
マイケルが自分で作ったサラダを食べながら答えた。
「じゃ、教えてやんよ」
もうさっきの説明ほとんど忘れてたんだけどな‥‥
「去年8位だった福岡ステパノスは去年のJ2日本人得点王、元日本代表選手、元韓国代表選手、元U−18ルーマニア代表選手を加え、戦力を格段にあげてる。
去年9位のメジェール草津はエースが抜けたけど代わりに後藤を加えた。モラリス、ネリーノ、郭ら日本育ちの外国人選手達を中心に初のJ1昇格を目標にしてる。
10位の横浜ナーヴェは何人か中心選手が移籍したけどベテランは全員残留したな。安定した守備は突破するのしんどそうだな。
11位水戸コリエンテは去年のJ2日本人得点王にサイドの選手のクロスにガンガン合わせていく方法は変わらないみたいだ。
12位の熊本シャランジュはエースの立花が抜けて攻撃力は下がったけど守備陣を中心とした守備型チームになる。
13位のバジェーナ岐阜はベテランが一斉に引退して今年は若い選手達を中心にして戦って行くみたいだ。でもキャプテンの明智や副キャプテンの野口、森ら去年の主力が中心になるのは変わらないみたいだけどな。
14位のオランジュ愛媛は今年は主力の流出なし。だけど登録選手は今のところJ最小の21人。少数精鋭でシーズンを迎えるがキャプテンの長曽我部を中心した守備は侮れない。
15位のクレセール徳島は選手を大量に解雇して新しいチームになる。なかでも入船や等々力はJ1出場経験もあるプレイヤーだ。
JFL2位の栃木シエロは今年からJ2に加わったチームだ。キャプテンの鷲田やJ経験豊富な上野ら主力をベースに選手を大幅に入れ替えて初のJ2に挑む。
JFL3位のラフィカ富山は去年出来たばかりの新しいチームだ。去年とほとんど変わらないメンバーで挑むみたいだな。だがJ1経験もある柴田や前田ら中心に戦力は決して引けをとらない。
JFL4位のイノベータ岡山は今年大量補強して40名を超える。キャプテンの桃井や犬井、雉川、猿山ら中心に若い選手をもり立てながらシーズンを戦って行くみたいだ。今年のJ2はこの18チームが2回戦総当たりで戦って行く」
やっと終わった‥
杉本さんの話が終わる頃には植森の作った料理は無くなっていた。
食べたのはほとんど李さんで結局植森は食べられなかった。
皆がぐでっとダラけていると、コンコンっとドアのノックの音がした。
誰も出ないので仕方なくドアを開けると、知らない女の人が立っていた。
女の人は髪型は茶髪のショートカット、黒い目で白いロングコートを着ていて背が低い。
手には買い物袋を持っている。
「もう歓迎会やってたんだ‥」
女の人は残念そうに部屋を出ようとする。
「まだ俺食べてないっス」
植森がそう言うと、女の人は嬉しそうに部屋の中に入って来た。
部屋を見渡し、俺を見ると近付いて手を差し出してきた。
「私はここの寮母の宮原月美。よろしくね、亀山」
「はぁ‥‥」
「ホラ! 握手!」
そう言われて慌てて手を出して握手した。
「さて! 料理作りますか!」
月美さんはそう言って料理を作り出した。
月美さんが作った料理はかなり美味しかったらしく、植森は嬉しそうに食べていた。
李さんもちゃっかり食べていた。
「そういえば松本は?」
月美さんが尋ねる。
確かに松本さんがいなかった。
「松本は彼女のとこ〜」
犬飼さんがそう答えると、天野さん、杉本さん、李さんは彼女がいることを知っていたらしく、何の反応もなかった。
だけど月美さんやマイケル達は知らなかったらしく、興味ありそうにどんな人か聞く。
「松本の彼女ってどんな人?」
「神木夕夏里〜」
俺は聞いたことのない名前だったけど、月美さんの知ってる人らしく、「ホント?」と犬飼に聞いていた。
「神木夕夏里って誰?」
俺はマイケルに聞いたけどマイケルも知らないらしく首を傾げられた。
「東京ミストラル・レディースに所属するLリーガーだよ」
植森が教えてくれた。
東京ミストラル・レディースは東京ミストラルの女子チームらしい(マイケルが教えてくれた)。
「松本さんの彼女ってサッカー選手なんだ」
「みたいだね」
その後、松本さんが帰ってくるのを待った(月美さんがやたら気になったらしく命令された)。
だけど、松本さんはその日帰って来なかった。