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アズーリの脅威

そういうわけで、今俺は腕に似合わないキャプテンマークを巻き、日本代表の青いユニフォームを着て試合に望もうとしている。


日本は韓国やメキシコといった国を倒し、決勝戦まで駒を進めた。


決勝戦の相手は強豪イタリアだ。


イタリアはワールドカップでウルグアイ、ドイツ、ブラジル、アルゼンチンと並んで、複数回優勝を経験しているチームで、W杯出場回数、優勝回数はブラジルに次ぐ成績だ。


伝統としてカテナチオと呼ばれる守備戦術を持ち、その守備力は世界最堅を誇り、昔から多くの優秀なディフェンダー、ゴールキーパーを輩出、攻撃的な選手ではいわゆるファンタジスタと呼ばれるスター選手を多く輩出している。


そしてその強さはA代表だけでなく、ユースにも言える。


ゴールキーパーのジノ・ヴェルデはミランの正ゴールキーパー、センターバックのアントニオ・ジェンティーレはユベントスのレギュラー。


キャプテンマークを巻くミケーレ・ファルコーニはミランの右サイドバックのレギュラーだが代表ではボランチの位置に、右サイドハーフのマッシモ・ロッシ、フォワードのマルコ・バレージはパルマのゲームメイカーとファンタジスタのコンビだ。


他にもパルマのリザーブセンターバックのファビオ・タッキナルディ、インテルのリザーブサイドバックのクラウディオ・アレッシオ、ミランのスーパーサブサルバトーレ・ストラーロら豪華なメンバーだ。


他にも日本の、ましてや2部リーグのリザーブでしかない俺にとって、世界最高峰のイタリア・セリエAにという想像も出来ないような世界で練習を積んでいる連中ばかりだ。


試合前の独特の緊張感がロッカールームの雰囲気を重くする。


今日のスタメンでイタリアと戦った経験どころか、欧州の国と戦ったことがあるのは渡さんと宝田しかいない。


そもそも俺、前田さん、大槻さん、竹ノ内さんは初めての代表選出だから当たり前なのだが。


今日のスタメンはゴールキーパー竹ノ内さん、センターバック優一さん、渡さん、右サイドバック三原さん、左サイドバック五月雨、ボランチ山口、宝田、右サイドハーフ大槻さん、左サイドハーフ篤也、フォワード前田さん、俺とここまでの試合と変わらないメンバーとなっている。


「イタリアのカテナチオを破るのは容易ではありません。しかし、不可能でもありません。イタリアの4バックはスピードある選手を苦手としています。スピードと日本の良さであるパスで相手を翻弄して下さい」


簡単に言ってくれるがそう簡単な話ではない。


「相手の攻撃はマルコ次第で大きく変わります。そのマルコを含めて、イタリアはスロースターターです。序盤から一気に攻めて行きましょう」


イタリアは8の力のある国には9の力を出すが、3の力しか持たない相手には4の力しか出さない国だ。


特にこのチームは攻撃の鍵となるマルコが本調子になるまで時間がかかる。


3しか力がないと思っていた日本に先制点を奪われれば、イタリアは慌てるだろう。


もちろん、強豪のイタリア相手に序盤から猛攻をしかけるのは容易なことではないが、この監督に言われると出来るような気がするから不思議だ。


これがカリスマ性というやつなのかも知れない。




イタリアの選手達と並ぶと、唯一身長175センチと俺とさほど変わらず、女性的な顔立ちのマルコだけは同年代と思えるが、顔立ちも体の大きさも、同じ年代の人とは到底思えない。


どいつもこいつも緊張などかけらもしていなさそうだ。


U−18代表の試合のためか日程のためか、決勝戦にも関わらずスタジアムは半分程度の入りだ。


ピッチに入っても、相手からは余裕が感じられた。


キャプテンを勤めるファルコーニと握手をかわす。


笑っていた。


侮蔑したような笑いだ。


今にみてろ、その顔を真っ青にしてやる。




相手は前線で一人張っているサルバトーレを残して全員がイタリア陣内に残り、ゆっくりとパスを回す。


しかしボランチのファルコー二にボールが渡った瞬間、イタリアの攻撃が加速した。


右サイドハーフのロッシにスルーパスが通り、一気にサイドを駆け上がる。


五月雨が抜かれ、フリーでセンタリングを上げられた。


絶体絶命のピンチだったが、竹ノ内さんがボールをキャッチし事無きを得た。


やはりイタリアのカウンターは驚異だ。


しかし、ここでディフェンスラインを下げると攻撃に厚みがなくなり、単調な攻めになる。


イタリアと日本の我慢比べだ。


ボールが篤也に渡ると、イタリアのボランチとサイドハーフがプレスをかける。


ボランチのディノ・ガットゥーゾは攻撃的なファルコーニをフォローする守備的な選手で、ミランユースで共に過ごしたファルコーニと息がピッタリだ。


篤也が五月雨にスルーパスを通し、五月雨が中に切り込む。


しかし相手のセンターバックのファビオと右サイドバックのクラウディオに挟まれる。


五月雨は強引にシュートを放ったが、枠を大きく外した。


五月雨は今日もアクセル全開でサイドを走り回る。


ファルコーニがキープするボールを宝田が後ろから奪いに行くが、腕一本だけでキープしている。


オーバーラップして来たサイドバックのクラウディオにパスを出す。


ロッシとのワンツーで篤也を抜き、サイドチェンジのボールを出す。


左サイドハーフが華麗なトラップでボールを止め、マークを振り払いフリーになったサルバトーレにセンタリングをあげる。


しかしサルバトーレがシュートするより先に優一さんがボールをクリアする。


始まって5分でカウンターから決定機を2度作られた。


しかし、時間が経つにつれイタリアがボールをキープする時間が増えていく。


速攻と遅攻をファルコーニが使い分けながら日本を攻める。


マルコがプレーに関与していない間にゲームを作り上げるのはファルコーニだ。


ファルコーニのパスが左サイドハーフのロッシに渡る。


ロッシが前を向き、ドリブル突破をはかるが、五月雨がサイドに追いやる。


ロッシは一度サイドバックのクラウディオに下げる。


クラウディオは前を向き、この試合初めて背番号10、マルコ・バレージにボールが渡る。


それまで子猫のように大人しかったマルコがボールを持った瞬間、まるで豹のように恐ろしい選手へと変貌する。


左足だけで、全く前を向かないドリブルはディフェンダーを困惑させる。


そのままサイドに流れるかに見えたが、センタリングを上げさせないため脇を走っていた三原さんの歩幅に合わせたかのように股を抜いた。


走り込んできた選手が竹ノ内さんと1対1になる。


しかしその選手の放ったシュートは枠の外に飛んで行った。


相手のミスに助けられた日本は、マルコという天才を意識せざるおえなくなった。


それが、マズかった。


日本のパスをディノがインターセプト、ファルコー二にパスした。


その瞬間、日本にはマルコにしか注意が向いていなかった。


ファルコーニが前線にロングボールを蹴る。


日本ディフェンダーはマルコに注意し、二人がマークについていた。


しかしボールはマルコの頭の上を通り過ぎた。


日本は一番危険な男を見誤っていた。


ボールはディフエンスラインの裏に走り込んだサルバトーレに渡ってしまった。


サルバトーレは竹ノ内さんとの1対1を難無く決め、イタイアに先制された。


日本が一番マークしなくてはいけなかったのはストライカーのサルバトーレだった。


しかし、一度触っただけで観客の心を引き付けるマルコのプレーに惑わされ、サルバトーレをフリーにしてしまった。


日本はこのまま前半を守り切られ、0−1で折り返した。




堅守カテナチオを誇るイタリア相手に先制点を許したまま前半を終えてしまった。


日本がシュートまで行けたのは結局五月雨が一人で持ち込んだ場面だけで後はシュートを放つところまで行くことさえ出来なかったのに対し、イタリアはおそらく理想的な展開に持ち込めたと思っているのだろう。


ベンチの雰囲気は最悪だった。


重苦しい雰囲気を打破するためにも、本来ならキャプテンである俺がなんとかしなければならないのだろうが、何をすればいいのか、さっぱり分からなかった。


監督が口を開いた。


「イタリア相手に1−0ですか‥‥善戦ですね」


この人はふざけているのかと思った。


失点が1点で済んだのはイタリアが手を抜いたからだろう。


本気ならもう1、2点とれたはずだ。


「満足している人はいますか?」


当然誰も返事をしない。


「OK、それでこそ君達を選んだのです。残り45分、君達は必ず得点を奪えます。大切なのは諦めないことです。足を止めないことです。前半の45分、あれは無駄ではありません。イタリアのカテナチオは確実に緩んでいます。後半の45分間も、走り回って下さい。イタリアを走らせて下さい。特にイタリアのボランチ、ディノを疲弊させることが重要です。イタリアのボランチの役割は攻撃はファルコーニ、守備はディノに分かれています。ファルコーニの分ディノは走り回っていますし、五月雨君のシュートでディノは必要以上にこちらの左サイドをケアしています。必ずスタミナが切れます。そうなればイタリアはセカンドボールを拾えなくなり、カテナチオは確実に崩壊します」


監督はそう言うと俺の前に立つ。


「キャプテンらしく振る舞わなくて構いません。いつもの亀山君でいいんですよ。遠慮はいりません」


ハーフタイムが終わり、クラブスタッフが呼びに来る。


神戸との練習試合、J2開幕戦のアヴァランチ大阪戦でのあの感覚に近いものを感じた。


ハーフタイムになった時は気落ちしていた。


だけど、今はまるで正反対の気持ちになっていた。


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