第27話 サバイバル
二日目になった。
朝食を取ると、実戦形式の練習を朝から夕方まで行う、とコーチの田坂さんが言っていた。
どうやら合宿最終日の五日目までずっと実戦形式の練習らしい。
監督やまだいない選手は今日の練習前にはここに到着するらしい。
早速、練習のチームが発表された。
俺が入ったCチームは俺の他に宝田、山口、山原、そしてラフィカ富山所属の前田さんがいる。
「お、よろしくな、亀山」
前田さんが背中をバシバシ叩く。
「あ、はい‥‥前田さん、18歳なんですか?」
「おお、早生まれだから学年はお前らより上だけどな。だから去年からプロにいたんだよ」
前田さんは去年、日本屈指の強豪、大阪レオーネに加入したが試合に出れず、当時J2の下のリーグであるJFLからJ2入りを目指していたラフィカ富山に期限付きで移籍するレンタル移籍で加入、半年の契約だったが期限を延長して今年も富山のエースとして、現在J2の日本人得点王という人らしい(雑誌に書いてあった)。
「しかし、このチームはマジで強いな、渡大輝と木村優一がいるし」
「誰ですか、その二人‥‥?」
「渡は大阪レオーネ所属のセンターバック。具体的な特徴としては、長身を生かした高い打点のヘディングと足の速さを活かした1対1の強さが売りな。木村は広島イーリス所属のセンターバック。広島はパスを繋ぐスタイルチームだから、それを成し遂げるために木村も攻撃の起点となるビルドアップやフィードを最終ラインから出すのが得意な選手だ。ちなみにお前と同部屋の木村篤也の兄貴な。二人とも早生まれだからプロ2年目、二人ともJ1のチームでスタメンだ」
日本代表が揃うような2チームで試合に出続けるのは凄いこのだと思う。
「そのうえ守備的ミッドフィルダーに山口と宝田がいる」
「宝田は攻撃的ミッドフィルダーじゃないんですか?」
宝田は高校では攻撃的ミッドフィルダーだった。
「いや、このチームに攻撃的ミッドフィルダーなんてないし‥‥知らないのか? このチームは4−4−2のフラット型だから、守備的ミッドフィルダーが二人いるんだ。まあ、守備が得意な選手と攻撃が得意な選手のコンビを組ませるから、攻撃的ミッドフィルダーじゃないけどセントラルミッドフィルダー一一いわゆるボランチと言えるけどな。山口と宝田のコンビは多分その中でも最高のコンビだろ。ゴールキーパー次第だけど、守備はまぁ大丈夫だろ。攻撃は俺達がいるしな」
「いや、俺なんてそんな‥‥たいしたことないです」
「一人ではたいしたことなくても、二人合わさることで実力以上の物が出せるもんだ。ツートップは戦術に奥行を持たせるために違うタイプのFWを組ませる‥‥俺とお前、二人で一つってことだ。頼むぜ? 俺の良さを引き出してくれよ」
「分かりました」
自信はないけど、やるしかない。
監督が他の選手達と共にやって来た。
一番目立っていたのは、身長が2メートル程の男だった。
顔も外国人のような顔をしている。
「あの大きい人、誰ですか?」
前田さんに聞いてみたが、首を傾げられた。
「あんな選手Jリーグにはいないから、海外の選手だとは思うけどな」
田坂さんが選手達を集合させた。
久永充監督は37歳と現役でもおかしくないくらい若い監督で、近所のお兄さん、といった印象をうける。
選手としては大成出来ず、20歳の時に監督の資格の勉強をし始め、23歳でライセンスを獲得した後スペインに渡り、コーチング、監督業を学んで、スペインの3部のチームの監督に就任、そのチームを僅か3年で1部に昇格させた立役者として日本サッカー界に復帰した異例の経歴を持つ監督だ。
監督は他に二人、ゴールキーパーコーチの増田幸三さんとフィジカルコーチ兼ドクターとして井上秀樹さんを海外に連れて行っていた。
増田さんは現役時代からコーチライセンスを取得していた経験豊富なゴールキーパーコーチで、日本代表のコーチを勤めていた時期もある。
井上さんは久永監督のスペイン3部にいた頃の同僚で、久永監督がU−18代表監督になる際の条件としてフィジカルコーチとして迎え入れさせた医者の資格も持っているコーチで、今回U−18代表に参加するため勤めていた病院を辞めた。
以上、姫花流が送ってくれた雑誌より引用。
久永監督が初めて口を開いた。
「皆さん、遠路はるばるご苦労様。監督の久永です。いきなり試合でびっくりしたかも知れませんが‥‥私は試合以外の内容を全く気にしません。試合でどれだけ輝けるか、自分の良さを引き出すか、それが重要だと考えています。合宿の間の紅白戦で君達の全てを見せて下さい」
短い言葉だったが、それだけで場が引き締まる。
アップを終えると、早速紅白戦が始まった。
俺達Cチームは2試合目だ。
目の前で行われている試合をぼんやりと眺めていると、さっき監督の後ろにいた大男が話しかけて来た。
「亀山サンですネ、僕、竹ノ内ジュリアと言いマス」
外国の訛りがある、独特な喋り方をする男だ。
この男が山原と同じ部屋になった、外国から来た選手の一人なのだろう。
「同ジチーム、ヨロシクお願いシマス」
「あ、はい。頑張りましょう」
竹ノ内さんが微笑みながら右手を差し出し、握手する。
俺達の順番が回って来た。
相手は媛風がいるDチームだ。
媛風がボールを下げる。
プレッシャーをかけに行くと相手のボランチは慌てて左サイドにパスを出す。
パスは加速した大槻に奪われ、一気にサイドを駆け上がり、相手サイドバックを抜いてフリーでセンタリングを上げる。
前田さんが相手ディフェンダーと競り合い、俺に落とす。
胸でトラップしてからシュートを放ったが、ボールは相手ゴールキーパーの正面だった。
綺麗なカウンターでチャンスを作った。
今度はDチームの攻撃だ。
3本の縦パスを繋いで媛風にボールが渡る。
媛風が得意のフェイントでディフェンダーをかわしてペナルティーエリアに侵入する。
ゴールキーパーの竹ノ内さんが前に出ると、媛風はループシュートを放つ。
竹ノ内さんが素早くジャンプし、長い腕を伸ばして左手で触り、ボールの勢いを削ぐとフォローに入った山原がクリアした。
媛風が天を仰ぐ。
竹ノ内さんの実力を垣間見た瞬間だ。
フィールドプレイヤーと違い、ゴールキーパーの場合、長身であれは絶対的に有利だ。
もちろん小柄なゴールキーパーもいないわけではないが、それは少数派だろう。
竹ノ内さんが蹴ったボールをキックフェイントで対面した相手サイドハーフを振り切った木村篤也に渡り、柔らかなファーストタッチからボールをコントロールし、ライン際をドリブルする。
相手ボランチが止めに来るが、僅かなコースを見つけ、センタリングを上げる。
相手にマークされたまま、ボールを胸トラップし、後ろに落とす。
走りこんで来た宝田がミドルシュートを放ったが、ゴールポストに阻まれた。
跳ね返ったボールを追い掛け、ペナルティーエリアの外で拾う。
俺の持ち味の諦めの悪いしぶといプレーだ。
そこからミドルシュートを放つことも出来たが、前田さんがマークを外したのが見えた。
直感的に、前田さんの近くにシュート気味のボールを蹴る。
相手ゴールキーパーはシュートだと思い、ボールの行き先を読んで動いた。
その瞬間、前田さんが頭でシュートの方向をゴールキーパーの動いた逆側に変えた。
予想外のところに飛んだボールにキーパーは反応することが出来ず、ネットが揺れ、Cチームが先制する。
前田さんがその場で人差し指を立てるゴールパフォーマンスをする。
Jリーグでも全く同じパフォーマンスをしている。
紅白戦である今はすぐにやめて自陣に戻って来る。
試合はすぐに再開された。
媛風がボールを持つと、ドリブルで仕掛けて来る。
その独特の緩急のリズムを生かしたドリブルで独走する。
宝田を抜いて、木村優一さんとの1対1になる。
トップスピードからやや減速し、そのまま足裏でボールを一瞬止めるような動作を見せ、相手のスピードが緩んだところを一気に加速するロコモティブというフェイントで優一さんを抜きにかかるが、優一さんはバランスを崩さず、媛風のドリブルを止めた。
媛風からボールを奪い、速くて正確なフィードを右サイドの大槻に渡す。
確かに前田さんの言う通り、優一さんはフィードが上手かったが、媛風を止めたディフェンス面も凄い。
流石にJ1のプレーヤーだけのことはあると思った。
ゲームはCチームが1点リードのまま進む。
相手のフォワードが媛風にパスを出したが、渡さんがインターセプトする。
渡さんは守備範囲が広く、媛風へのパスを殆ど通していない。
また、身体能力の高く、右サイドバックを任されただけあって足も速い。
そしてその身体能力は守りだけでなく攻めでも生きる。
宝田から篤也へ、そして俺へとパスが通り、シュートを放ったが、相手ディフェンダーに当たり、コーナーキックに変わる。
キッカーは宝田だ。
高校時代もセットプレーのキッカーを任されていた。
セットプレーに限らず、全体的にプレーの精度が高水準にある選手で、前線に張る選手、背後から飛び出す選手を問わず、絶妙のタイミングで正確無比なパスを飛ばせる。
宝田が右足で蹴ったボールはニアサイドに飛んで行く。
ニアサイドにいた渡さんが相手と競り合い、頭を捻るようにヘディングシュートを放ち、ゴール前に張っていた選手のジャンプした頭上をすり抜け、左ポストに当たってゴールに吸い込まれた。
俺達が追加点を奪った。
渡さんは空中戦の強さで攻めでも活躍出来る選手のようだ。
勝負を決める追加点は宝田が起点となった。
フォワードを凌駕するほど得点能力を持ち、常に得点を狙う宝田の動きに惑わされ、サイドへの意識が薄かった。
それを宝田は見逃さず、左サイドハーフの篤也にパス、篤也が俺に向けてクロスを上げた。
直接狙うことも出来たが、確実にゴールを奪うため、ボレーで折り返した。
前田さんが待っていましたと言わんばかりの強烈な右足ボレーを放った。
俺がシュートを打つと思っていた相手キーパーは反応さえ出来なかった。
この試合は俺達が3−0で勝利し、後のチームメイトとなる選手達に驚かされていた。
今回は、
1点目、2009年第16節山形対浦和 高原直泰選手
2点目、2004年1stステージ第14節広島対新潟 安英学選手
3点目、2006年第4節京都対広島 林丈統選手
のゴールを参考にしました