第19話真打ち登場!
再びフィールドに戻ると、既に大阪の選手は円陣を組もうとしていた。
俺以外の選手がフィールド内に入り、俺は主審に合図されて入る。
フィールド内はまるで別世界で、自分が自分じゃないみたいだ。
足が地面に根を生やしたように重く、胸がバクバクする。
緊張が体全体に及ぶ。
円陣に加わる。
「監督の言われた事、きっちり守って行くぞ」
山下さんが声を出す。
監督にはフォーメーションの変更と守備の注意、そして忠告を一つされた。
「俺達の相手は主審じゃない、アヴァランチ大阪だ。目の前の相手に勝つために全力を尽くす」
山下さんがゆっくりと復唱する。
「勝つぞ!」
「オウ!」
後半が始まる。
後半も選手交代をせずに前半の勢いそのままの大阪が攻め立てる。
東京は水戸戦と同じフォーメーションになるがなかなかボールが前に来ない。
プレスをかけても軽くいなされてしまう。
なかなかボールが奪えなかったが、李さんがボールをインターセプトした。
田原さんにパスを出す。
田原さんから俺にパスが来た。
右足でトラップした瞬間、足先から脳まで電撃がくらったような感覚があった。
さっきまで重かった足はまるで翼が生えたように軽い。
心臓はまるで稼働していないみたいに静かだ。
セメントみたいに固かった体が嘘のようだ。
神戸戦のあの感覚が戻って来た。
ドリブルで相手陣内を突き進む。
二人の相手ディフェンダーを股抜きとキックフェイントで交わし、ペナルティーエリアに入ったフラビオにパスを出す。
フラビオはフリーでボールを受けたが、戻って来た石田にボールを奪われた。
シュートを打てなかったが何か行ける気がした。
ただの気のせいかもしれないが、漠然と自信に溢れていた。
ピサロが宮本へのパスをインターセプト、前にクリアした。
相手ディフェンダーと並走する。
相手より少し早くボールに触り、ワンタッチで相手の股を抜いてやった。
相手陣内3分の2くらいの場所でゴールに向けて右サイドからドリブルを開始する。
石田が詰めて来た。
すぐに右のスペースにパスを出す。
さっき抜いた相手ディフェンダーが追いかけていたが、それより速く杉本さんがボールを受けた。
杉本さんがドリブルで誰もいないスペースを突き進みペナルティーエリア横まで来た。
相手ディフェンダーがクロスを阻もうとする。
そこでペナルティーエリア前にいた俺にパスを出した。
ダイレクトシュートを予想したディフェンダーがシュートコースを消しに来た。
すかさずフラビオにスルーパスを出す。
前に出たゴールキーパーより速くボールに触り、ゴールキーパーの股の間を狙ってシュートを打つ。
ボールはゴールの中に転がる。
フラビオはすぐにボールを持って走る。
一秒でも早く再開させなければ時間はすぐに無くなってしまう。
センターサークルにボールを置き、再開を待つ。
再開された後は東京が勢いを取り戻したが、審判の微妙な判定もあって五分五分の試合となっていた。
どちらもチャンスを作ることは出来ても決めきれない。
相手が中盤でパスを回し始めた。
石田から御倉井にパス、エドルにパスを出そうとした。
しかし李さんがインターセプトする。
後半にはいってからは李さんが御倉井のプレーを完璧に防いでいる。
李さんが野村さんにパス、野村さんがすぐに天野さんにパス、天野さんから俺にスルーパスが出た。
しっかりとトラップして前を向く。
敵は相手ディフェンダーが三人とゴールキーパー、味方はフラビオ一人だ。
パスではなく、ドリブルで進むことを選んだ。
すぐにディフェンダーが詰めてくる。
右サイドをちらりと見て左に切り返すとあっさり抜けた。
フラビオが左サイドに動いてディフェンダーを引き付ける。
ディフェンダーを抜けばゴールキーパーと1対1になる。
そのままつっかけた。
相手ディフェンダーが巨大な壁に見えた。
ぎりぎりまで進んで右にパスした。
杉本さんが走っている。
後ろからは石田が走っていた。
ほとんど機能していない相手左サイドハーフの分も走っている。
しかし単純なスピードなら杉本さんの方か上だ。
石田はスライディングでボールに先に触ろうとするがその前に杉本さんが触った。
ワンツーで相手ディフェンダーを抜いた。
ゴールキーパーと1対1になり、ゴールキーパーが前に出て来る。
足を大きく振り、シュートフォームに入る。
ゴールキーパーが両足に体重をかけシュートを防ごうとする。
シュートを打たずに右から抜き、無人のゴールに蹴りこんだ。
東京サポーターが歓喜の叫び声をあげる。
サポーターに向けて走ろうとしたら誰かに倒される。
杉本さんだった。
フラビオや野村さんも集まり荒い祝福を受ける。
大阪の選手がいまいましそうに睨みつけている。
残り時間は15分だ。
同点に追い付いた勢いそのままに逆転を狙う東京が一方的に攻め立て、大阪がカウンターを狙う、という図式が成り立っている。
ボールがラインの外に出て、両チーム共選手交代する。
東京は野村さんに代わって犬飼さんを、大阪は左サイドハーフに代えて期待のルーキー、媛風理央を投入した。
御倉井が左サイドに移動、媛風がフォワードに入り3トップになる。
相手に合わせ天野さんが右サイドハーフに、杉本さんが右サイドバックに入り、犬飼さんが左サイドハーフに移る4−4−2のシステムになる。
媛風は小柄で少女のような風貌だが独特の緩急のリズムや圧倒的なテクニックを使い抜いていくストライカーだ。
媛風が投入されてから少しずつ危ないシーンも増えて来る。
媛風がハーフウェアラインからドリブルを仕掛ける。
緩急を使って天野さんを抜き、ボールの外側へ大きく踏み込み、相手の重心を傾け、逆の足のアウトサイドで外側へボールを蹴りだしディフェンスを抜くマシューズフェイントで田原さんを抜く。
さらにフェイントで杉本さんを抜いた。
ペナルティーエリア侵入直前にボールを左足で跨ぎ、右足の踵でサイドにパスを出す。
予想外のパスに誰も反応出来ない。
御倉井だけが反応し、フリーでクロスをあげた。
宮本の頭に当たる前に山下さんがパンチングでかろうじて防ぐ。
媛風の能力の一片をかいま見る。
大阪は御倉井、媛風、宮本の3人を中心に切れ味鋭いカウンターを食らわせてくるが、ディフェンスラインと山下さんが必死に守る。
カウンターの恐怖からかロングボールが増える。
ディフェンダーとの競り合いは身長的には俺やフラビオには不利だが、俺の今日の調子いい身体はなんとか競り勝てているし、フラビオは持ち前の身体能力で簡単に競り勝っている。
どちらかがボールを落とし、キープしてサイドにパス、もしくはドリブルで進むのが攻撃のパターンだがなかなかゴールに繋がらない。
第4の審判がロスタイムをボードで知らせる。
残り3分の焦りからかプレーが雑になる。
ロスタイムが残り僅かになったとき、フラビオのパスがエドルにインターセプトされ、相手のカウンターが始まる。
急いで一直線に戻る。
媛風にパスが来ると予想した。
エドルがハーフウェアラインの手前から一気に御倉井にサイドチェンジ、御倉井がダイレクトで俺の予想通り媛風にパスを出した。
ペナルティーエリア前で1対1を迎えた。
媛風を前にすると172センチしかないのに大きく見えた。
媛風が右足でボールを跨ぐ。
左に抜くつもりか、そう思って左に体重をかけようとした。
しかし、体内から「違う」と囁く声がした。
体をニュートラルな状態に戻す。
媛風は左足も跨ぐ。
ただのシザースではなくダブルシザースだった。
媛風が右にボールを出す。
左に体重がかかってなかったから右足を出してボールを奪えた。
一気にギアをあげる。
カウンターのカウンターだ。
前がかりになっていた大阪の選手が戻る。
敵ドルと御倉井は東京のペナルティーエリア内に、石田は東京陣内にいた。
敵は4人、味方は左に犬飼さんとフラビオ、右には杉本さん。
一気にドリブルで進む。
敵ボランチを股抜きで交わし、敵ディフェンダー一人をキックフェイントで交わした。
相手ディフェンダーがシュートコースを消しに走る。
すかさずフリーだった犬飼さんにパス、犬飼さんがトラップしてドリブルを始める。
クロスが入ると予想してペナルティーエリア内に向けて走る。
しかし、犬飼さんがクロスを上げる直前、後ろから足が出て来た。
エドルがもうここまで戻って来ていた。
エドルの足はボールに当たり、ゴールラインを割った。
頼むからゴールキックなんて言わないでくれよ、と祈ると主審の笛が鳴った。
エドルが主審に呼ばれ、赤いカードが出された。
エドルのプレーが危険なプレー、と取られたのだ。
今度は大阪が抗議をする番だった。
エドルや石田、宮本までが講義する。
しかし前半の東京がそうだったように主審は間違いを認めず、抗議していた石田にイエローカードを出した。
場内はブーイングの嵐だ。
大阪の選手がセットプレーの守備につく。
ボールはファールのあったゴールのやや左側にセットされる。
相手は全員戻り、こっちは宮原さんだけ残り後は上がっている。
壁は4枚、間にフラビオが入ろうとしたが押し出される。
俺は壁の横に立つ。
キッカーは田原さんと天野さんだ。
主審が笛を吹く。
田原さんが助走を始める。
壁役の選手がジャンプする。
しかし田原さんはそのままボールを跨いで走る。
天野さんが蹴った。
見事なトリックプレーだったがボールぱポストに当たる。
しかし、ただ一人ボールに向かう者がいた。
田原さんだ。
プロ生活16年の元日本代表はFWのような嗅覚でボールがこぼれる事を予想したのか、フリーでシュートを打った。
しかしシュートをキーバーが右手で弾いた。
その瞬間、誰もが引き分けだと思っただろう。
だが弾いたボールは詰めていた俺に当たった。
ボールがゴールの中に転がる。
副審がゴールを認めハーフウェイライン向けて走る。
主審もゴールを認めた。
スタジアムは沈黙、東京サポーターだけが歓喜する。
杉本さん達に掴まる前にサポーター達のいる方に走る。
大阪の選手は倒れたまま起き上がることが出来ない。
後輩ロスタイム、逆転した。
試合はそのままタイムアップ、東京が3−2で大阪を下した。
90分間戦った選手が握手を交わす。
スタンドからブーイングが飛ぶ。
審判と大阪の選手、両方に対するブーイングだろう。
媛風と握手を交わす。
「ウチのドリブル止められたの、久しぶりや。しかも2点取られるなんて、参ったわホンマ」
「まぐれだよ、運が良かっただけ」
「謙虚やなぁ。もっと目立たんとすぐ蹴落とされるで、元U−17代表のマイケルも控えてるんやからな」
「あぁ」
敵である媛風にかなり心配されている。
「ほな、ウチ戻らんと監督に怒られるわ。次は負けへんよ」
媛風はそう言って手を振ってチームメイトのいた方に向かっていった。
ロッカールーム前には退場したエドルがいた。
『何しに来た?』
フラビオが聞く。
『‥‥悪かったな、前は。強かったよ、お前』
フラビオがニッと笑う。
『当たり前だろ? 今更気付いたのか』
エドルが高笑いする。
『お前がいたら、ブラジルで優勝出来たかもな』
エドルがそう言って去っていった。
『昔、あの男と何かあったのか?』
ロッカールームに入ってから聞いた。
俺の問いにフラビオは頷いた。
『前のチームの監督は日本人、アフリカ人、ウルグアイ人、ブラジル人の血が混ざった俺を嫌ってあいつを使ったのさ。あいつはポジション変わってたけどな』
フラビオは優しげな表情になる。
『結果さえ残せば使ってもらえると思ってプレースタイルを変えた。でも余計結果でなくなったけどな』
『それで‥‥』
フラビオがチームプレーを放棄したのは周りが認めなかったからだった。
『でも、今日の試合で分かった。俺には今のやり方が合ってる』
『フラビオ‥‥』
『今年昇格してJ1優勝してアジアを制する。そうすればクラブワールドカップに出れる。あの監督を見返せる』
フラビオがまたニヤリと笑う。
『手伝うよ』
手を差し出す。
『ありがとう』
フラビオが手を握った。