第15話最後の練習試合
キャンプ最終日。
水戸コリエンテとの練習試合だ。
今日の試合は45分二本の実際の試合形式と同じように行われる。
グラウンドに行き、柄の悪そうな男が近づいて来る。
どこかで見た気がする。
「久しぶりだな、マイケル」
「片岡‥‥」
雑誌でしか見たことはなかったけど、片岡星彦だ。
高校選手権では12得点あげた諏訪には及ばず大会得点王は逃したが、11得点をあげた日大工業のエースだ。
「まだスタメンとってないんだな」
片岡が笑う。
「うるせぇよ、てめぇに関係ないだろうが」
マイケルがイラついているのが分かる。
「片岡!」
後ろから優しげな風貌の男が片岡を諌めた。
確か雑誌に載っていた守備的ミッドフィルダーの山口都河士だ。
「やめとけ」
「分かってるって」
片岡はそう言って戻っていった。
何しに来たんだこいつ‥‥
監督から先発メンバーが発表された。
「ゴールキーパー山下、センターバックピサロ、宮原、ブエゴ」
ちょっとどよめいた。
ブエゴがセンターバックで先発するのは初めてだ。
「守備的ミッドフィルダー李、田原、右サイドハーフ杉本、左サイドハーフ野村、攻撃的ミッドフィルダー天野」
残りはFWだ。
おそらくフラビオは出てるだろうが、もう一人は誰だろうか?
「フォワードはフラビオと亀山」
俺の名前が呼ばれた。
「亀山、お前がスタメンだ」
周りがざわつく。
「聞いてるのか?」
「は、はい!」
初めて先発で出場することになった。
試合開始の時間になる。
今日の試合は一般開放されていて、普通の観客もいる。
「アガってるのか?」
杉本さんに聞かれた。
「そりゃあちょっとは‥‥」
「困るな、フラビオにサッカーの楽しさを教えてやるんだろ? ブエゴから聞いた」
ブエゴの方を見るとウインクをしてきた。
多分ブエゴが昨日の話を監督にしたんだろう。
だからスタメンで出場することになった。
「ま、気楽にな。まずお前が楽しまなきゃ意味ないしな」
肩を叩かれた。
何か重い荷が降りた気がした。
フラビオからのパスで試合が始まった。
後ろの田原さんに出すとボールがおもしろいように繋がっていった。
しかし、なかなかゴール前まで持って行けない。
李さんが無理矢理縦パスを出すが山口にインターセプトされる。
その瞬間に水戸の選手が一気に上がってくる。
山口から右サイドハーフへパス、右サイドハーフがダイレクトでサイドチェンジし、左サイドハーフがオーバーラップしてきた左サイドバックにパス、そのままドリブルで進む。
李さんが当たりに行く。
相手の左サイドバックがヒールパスで左サイドハーフにパス、左サイドハーフが中央にパス。
走り込んでいた山口が片岡にパスを出す。
片岡がディフェンダーのピサロを背負ったままボールをトラップする。
片岡はターンしてシュートを放つ。
山下さんは一歩も動けず、ボールはネットを揺らした。
水戸の選手達が片岡の周りに集まる。
山下さんがボールをとってセンターサークルに向かって投げる。
投げられたボールを受けとって再開の準備をする。
ゲームが再開される。
相変わらずパスは回るがなかなかシュートまでいけない。
守備をしないフラビオが自分のところにボールが来なくて苛立っている。
俺が少し下がり、ボールを受けようとしたら相手のセンターバックもついて来た。
田原さんがそのスペースにパスを出す。
フラビオが待ってましたと言わんばかりに走り込む。
しかし、山口がスペースを埋めるために走る。
フラビオの方がボールに先に触る。
山口がスライディングでボールを止めようとするが、フラビオが先にシュートを放つ。
相手ゴールキーパーの手をかすめ、相手ゴールに入る。
東京が同点に追い付く。
フラビオはたいして嬉しそうなそぶりを見せない。
試合が再開された後も東京ペースで試合が進む。
だがフラビオのゴール以降なかなか水戸の守備を切り崩ずせない。
時間だけが過ぎていく。
どれだけチェイシングをしてもボールがとれない。
フラビオは相変わらず味方のパスを待つだけだ。
前半が残り僅かになり、相手ディフェンダーがロングボールを蹴る。
ブエゴがヘディングでクリア、田原さんが拾う。
田原さんが杉本さんにパスを出し、杉本さんが俺にパスを出す。
相手のマークを外し、フリーでパスを受けた。
フラビオは相手のマークを外しきれていない。
自分でシュートを打つことを選択した。
相手の右サイドバックが真横からスライディングタックルをしてきた。
ボールを浮かせ、スライディングを避ける。
前に出て来た相手ゴールキーパーの股の間を狙って打ったが、ボールは相手GKの踵に当たり、ゴールラインを割った。
審判の笛が鳴る。
前半が終了した。
ベンチに戻る途中、フラビオに肩を掴まれる。
『なんで俺にパスを出さなかった』
俺がスペイン語を喋れることを知っているのか、それともそれを忘れているのか、一方的に喋る。
『まだフリーになってなかっただろうが』
こっちの言葉も雑になる。
『関係ねぇよ、とにかくゴールなら俺にパスを出せ』
完全なエゴイズムだ。
『お前のための試合じゃない』
『俺のための試合だ。練習試合でゴールを決めてリーグ戦でゴールを決める。それが俺の仕事だ。お前らは俺にパスを出せばいいんだよ!』
『サッカーは‥‥お前だけじゃ出来ない。サッカーをもっと楽しめ』
『楽しめ!? サッカーは俺にとって金を稼ぐための仕事だ! てめぇみたいな楽しいサッカーなんておままごとにすぎないんだよ!』
『そんなサッカーつまんねぇんだよ! 観客に失礼だろうが!』
『あぁ!?』
『それにお前はそんな気持ちでサッカー始めたんじゃないだろ!?』
俺がそう言うとフラビオは黙りこんだ。
主審がようやく止めに来る。
「何やってるんだ!」
「ちょっとしたミーティングです」
俺はそう言ってベンチに戻った。
ハーフタイム中に監督から指示が出る。
「相手は山口が攻撃のスイッチになっている。フラビオ、亀山の二人でプレスをかけろ、いいか」
周りの人間がどよめく。
通訳がフラビオに訳して伝える。
『わかりました』
さらに周りがどよめく。
中には信じられないといった顔をしてる人もいる。
「練習試合だから控え選手も次々入れて行くぞ、準備しておけ」
「ハイ!」
試合が再開される。
相手が山口にパスを出す。
フラビオと俺がプレスをかける。
山口は焦ったのか、らしくないミスパスを出し、フィールドの外に出た。
山口が驚いている。
スローインを杉本さんがトラップして前を向いた。
この試合、ほとんど動かなかったフラビオがサイドに動く。
相手センターバックはフラビオの動きに釣られる。
スペースが生まれた。
杉本さんがパスを出す。
山口がインターセプトを狙ったが、それより早く走り込んでいた野村さんがミドルシュートを放つ。
そのシュートはポストに当たったが、跳ね返った球が相手ゴールキーパーに当たってゴールになった。
それから試合は一方的になった。
3点目は動き回るフラビオが倒されて得たFKを田原さんが直接決めた。
4点目は俺がフラビオとのワンツーで抜け出し、決めた。
5点目は途中出場の鳳さんのややミス気味のパスをフラビオが上手く走り込み、ゴールに蹴り込んだ。
6点目はそれまでシュートしか選択肢を持たなかったフラビオ周りを使ったり周りのためにスペースを作る動きをしたことで相手守備がフラビオ自身に甘くなったこともあり、30メートル近いドリブルからシュートを決めた。
相手の反撃を1点に押さえ、6−2で圧勝した。
監督が選手達に労いの声をかけている。
フラビオはブエゴと話している。
『楽しかったか? フラビオ』
『俺のサッカーに楽しいなんてねぇよ‥だがまぁ‥こっちの方が楽に点が取れそうだ』
フラビオが不敵に笑う。
『やってやるよ‥俺のためにな』