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第13話過去を乗り越えろ!

神戸との練習試合の3本目のメンバーはゴールキーパーに松本さん、センターバックが植森とブエゴ、右サイドバックに杉本さん、左サイドバックに宮原さん。


守備的ミッドフィルダーに鳳さん、右サイドハーフに天野さん、左サイドハーフに野村さん。


攻撃的ミッドフィルダーに清水さん、フォワードにマイケルと俺が入る。


試合が、始まった。




相手がセンターサークル内でボールを動かした。


すぐに後ろにパスを出す。


相手はボールをポゼッションしながら、徐々にこちらに迫って来る。


しかし、最後のところでセンターバックのブエゴ、植森が踏ん張る。


相手のセンタリングをブエゴがヘディングでクリア、そのボールを杉本さんが拾う。


杉本さんがそこからドリブルで少し進み、サイドチェンジで天野さんに渡す。


左サイドの天野さんから清水さんにボールが渡る。


清水さんが鋭いスルーパスを俺に出す。


ラインぎりぎりで止めて、左から中央に持っていく。


水原さんは戻れていない。


マイケルの方を見ると、エメルソンがぴったりとマークしている。


マイケルにパスを出すのをあきらめ、ドリブルで進む。


ペナルティーエリアに入った瞬間、戻って来た水原さんが俺の足を削る。


そのまま倒れればペナルティーエリアになるかもしれなかった。


だけど、自分の中の『何か』がそれをさせなかった。


踏ん張ってドリブルでしかける。


相手センターバックが右から止めに来るのが見えた。


センターバックがタックルに来る直前にシュートを放つ。


相手ゴールキーパーの右手をかすめたが、そこまでしか見えなかった。


相手のタックルに吹き飛ばされ、ゴールポストに肩をぶつけた。


激痛が肩に走った。


顔が痛みで歪んでいるかもしれない。


チームドクターがすぐに来たが俺はドクターを右手で制しボールを捜す。


ボールはゴールの中にあった。


すぐに試合に戻りたかったが、チームドクターに止められた。


肩を回し、異常がないことを見せつけた。


試合に戻った時にはゲームの流れが一変していた。


チームを勢いづけるには、あの1点で十分だった。




試合はこちらが主導権を握っていた。


しかし、なかなか追加点がなかなか奪えず、流れが再び神戸に傾き始めた。


その嫌な流れを断ち切ったのは、清水さんのパスだった。


相手のパスをハーフウェイラインの辺りで野村さんがカット、すぐに鳳さんに横パスをする。


鳳さんはオーバーラップして来た杉本さんにパス、杉本さんが再び野村さんにパスを出す。


ペナルティーエリアの横から清水さんに向けマイナスのクロスを入れる。


清水さんはそのままダイレクトでボレーシュートするかに見えた。


その予想は裏切られた。


清水さんはジャンプして、ヘディングで後ろに落とす。


そこには走り込んだ宮原さんがいた。


宮原さんがペナルティーエリアの外からシュートを放つ。


シュートはゴールキーパーの左手に弾かれ、勢いが削がれたが、ゴールの中に転がった。


2対0になる。


しかし、おそらくピッチの中で点差を気にしている人間は少ないだろう。


練習試合ではもちろん勝つ方がいいが、それより自分のプレーを監督にアピールしたり、試合勘を得るためにプレーする。


もしかしたら点差を気にしているのは俺だけかもしれない。


それでも、俺には勝たなきゃいけない理由がある。


そんな思いが周りに飛び火したのかもしれない。


そのくらい、活気づいていた。




試合が半分も過ぎた頃には完全に東京が試合を支配していた。


しかし、得点までには至らない。


そんな時、平さんのシュートがバーに当たり、跳ね返って来た球を植森がクリアした。


植森のクリアボールを清水さんが胸でトラップして鳳さんにバックパスを出す。


鳳さんが天野さんにスルーパスを出す。


天野さんがドリブルでつっかけ、クロスが入れられる位置に行く。


完全に右サイドバックを抜き、クロスを入れようとする。


亀山の中の『何か』がファーサイドにボールが来ると告げた。


亀山はそれに従い、ファーサイドに行く。


俺にマークについていたセンターバックは気付いていない。


しかし、天野さんが蹴ったクロスはニアサイドのマイケルに向けられていた。


マイケルとエメルソンがジャンプする。


どちらかがヘディングするはずだった。


しかしボールはどちらにも当たらず、俺の前に飛んで来た。


キーパーが急いで飛び出す。


俺もボールに向かって飛び込み、ヘディングでバックパスする。


ペナルティーエリア外で待っていた清水さんがミドルシュートを決める。


3対0になる。


俺がボールを持ってハーフウェイラインに走る。


まだ時間がある。


今まで味わったことのない感覚を、いつまでも感じていたかった。


清水さんの為に、という気持ちから自分の為に、に変わっていた。




もうすぐ試合が終わる。


体がこれまで一番キレている。


ドリブルも、パスも、シュートも、全て上手くいっている。


相手ディフェンダーにプレスをかければ苦し紛れのクリアしかさせない。


完全にノっていた。


そんな時、ハーフウェイラインよりちょっと敵陣側で俺がインターセプトした。


脇から野村さんが走る。


いつもの俺ならパスを選択していたが、今はそうしなかった。


ドリブルで敵陣を進む。


相手右サイドハーフは野村さんについていった。


そのまま敵が来ないままドリブルで進む。


敵陣真ん中辺りでようやく相手との1対1になった。


相手の後ろには三沢さんがいて、例え俺が相手を抜いてもボールが取れる位置にいた。


野村さんには相手右サイドハーフがいてパスが出せない。


その時、再び自分の『何か』が告げた。


前を向いたまま、アウトサイドで横パスを出した。


そこに清水さんが走り込んで来た。


そこからロングシュートを放つ。


シュートは綺麗にゴールに収まった。


4点目が入った。


それと同時に笛がなった。


練習試合が終わった。




試合後、三沢さんが清水さんに話しかける。


「いいチームですね」


「‥‥まぁ、悪くはないな」


「辞めないで下さいよ。こんないいチーム、他にないんですから」


「‥‥」


清水さんは黙ったまま、三沢さんから離れた。


少し足を引きずっている。


監督が清水さんに声をかける。


「ナイスプレー、清水。どうだ、気持ち変わったろ?」


「‥‥はい」


ってことは‥‥


「‥‥ここでプレーするのも、悪くないです」


引退はしないってことだ。


「ナイスプレー。お前のおかげだ、亀山」


杉本さんが褒めてくれた。


「ありがとうございます! これで、過去を乗り越えられたと言いんですけど‥‥」


「過去?」


杉本さんが不思議そうな顔をする。


「いや、試合前に言ってたじゃないですか‥‥」


「あぁ、あれ嘘だから」


「は?」


思わず声が裏返る。


「嘘?」


「うん、嘘」


あっけらかんと言ってのける。


「どこからですか?」


「J2降格の遠因になったってところから全部。あと浦和が怪我したの黙って移籍させたってのも嘘。神戸は知ってて獲得したから」


なんか脱力した。


重要な部分殆ど嘘じゃないか!


「あの人は怪我とか以前に単純にやる気なくしただけ。怪我した当初は治す方法がない、なんて言われてたけど今は手術すれば治るようになったんだよ」


「手術‥?」


「そう、手術。やっと受ける気になったみたい」


杉本さんが満足そうに笑っている。


「何の為に‥‥」


「お前と若い時のあの人は一緒だ。何も怖い物なんかないって感じで、やる気に満ち溢れてた。でもあの人は挫折した。だからもう一回あの人にやる気を出させるにはあの人の中のがむしゃらさを思い出させる必要があった。だからお前にがむしゃらにプレーしてもらった」


本当のこと言ってもがむしゃらにやったのに‥‥


「ま、悪かったな」


全く謝られてる気がしない。


「まぁいいですけど‥‥」


そのおかげかどうかは分からないけど、まるで自分じゃないような感覚を味わえた。


「いつもアレがあればいいのに‥‥」


「ん? 何か言ったか?」


「あ、いやなんでもないです」


結局あの感覚は‥‥何だったんだろうか‥‥


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