第12話練習試合対神戸戦
キャンプ20日目。
今日は普通に戦術練習、のハズだったのだけど―――
「今日練習試合するぞ」
いきなり監督に言われた。
「神戸の相手チームがインフルエンザが蔓延してて試合出来ないらしい。だからうちに試合の話が来た」
だそうだ。
パンテーラ神戸は4年前J2降格したが、1年で復帰したJ1チームで超有名企業がスポンサーについたこともあり、代表経験者が多数所属している。
元日本代表の守備的ミッドフィルダー三沢進、右サイドバック水原純也、元ブラジルU−23代表左サイドバックホージェルらが所属し、今年も元日本代表のフォワードの平明、元ブラジル代表のセンターバックにエメルソンを加えた。
おそらく今の東京より数段上の能力だ。
「ま、ウチより数段上のチームだからな。全力のメンバーで挑むぞ」
試合は富山の試合と同じく30分ハーフで3本やるらしい
1本目のメンバーはゴールキーパーに山下さん、センターバックに宮原さん、角田さん、ピサロ。
守備的ミッドフィルダーに李さんとブエゴ、右サイドバックに杉本さんと左サイドバックに野村さん。
攻撃的ミッドフィルダーに田原さん、フォワードにフラビオと天野さんが入った。
試合が始まる。
試合は神戸が一方的に押し込む展開になった。
開始直後からボールを保持され、シュートを打たれまくるが、山下さんのセーブでゴールを守り続ける。
しかし10分、ボールを受けたホージェルがドリブルで進む。
三沢さんとパスを繋ぎながら進んで来るホージェルをブエゴが倒してしまう。
自陣の真ん中辺りからフリーキックになり、キッカーの三沢さんが直接、無回転フリーキックでゴールを狙う。
直接決まり、先制される。
するとディフェンダー陣の集中力が途切れ、12分、15分と立て続けにに平さんにゴールを奪われる。
18分に田原さんのフリーキックが相手ディフェンダーに当たり、こぼれ球をフラビオが押し込み、1点を返す。
その後はDF陣が集中力を取り戻し、相手の猛攻を防ぎ、1−3で終わる。
2本目のゴールキーパーに山下さん、センターバックに宮原さん、角田さん、ピサロ。
守備的ミッドフィルダーに李さんとブエゴ、右サイドハーフに杉本さん、左サイドハーフに野村さん。
攻撃的ミッドフィルダーに田原さん、フォワードに天野さんとマイケルが入る。
試合が始まった。
2本目も圧倒的に押し込まれ、こちらの攻めは単調でマイケルはマークについたエメルソンが完全に抑えられている。
天野さんはマークを外し、シュートを何本か打つが枠に行かない。
10分には角田さんのパスが相手に奪われ、パスを繋がれ最後は平さんに決められてしまった。
さらに15分にはコーナーキックからエメルソンが頭で合わせ2点目を奪われる。
その後は神戸のシュートの嵐を山下さんが防ぎまくり0−2で試合を終えたが、良いところなく、善戦どころか完敗で終わった。
2本目と3本目の間、15分休憩があった。
3本目に出るためアップしてた清水さんのもとに水原さんが近付いて来た。
「まだサッカーやってたんですね、センパイ」
「‥‥」
「あんだけチーム壊しておいてまだ『王様』気取れますね」
水原さんが笑みを浮かべる。
その笑みは残忍な笑みだった。
「‥‥うるせぇよ」
清水さんが水原さんから離れる。
壊したって、どういうことだろうか‥‥
「どうかしたか?」
ちょうどいい時に杉本さんが来た。
「清水さんがチームを壊したって‥‥どういうことですか?」
「‥‥あの人は神戸がJ2に降格した遠因なんだよ。実際には俺のせいなんだけど‥な」
「え?」
「降格した時の春のキャンプ‥‥移籍して来たあの人のプレースタイルに誰もが驚いた。浦和にいた時はパサーじゃなくてドリブラーだったからな‥‥そして誰も守備をしろって言った。最初は口にはしなかったけど俺もそうだった。だけど‥‥たまたま見ちまったんだ、あの人が治療してるところを」
杉本さんが少し話すのをためらったけど、また話し出す。
「それから俺も理由を言わなかったけど庇うようになった。そのせいで‥‥何人かは清水さんを庇い始めた。そうしてチームはチームとして成り立たなくなった‥‥チームに亀裂が出来たんだよ。その年はそれでJ2降格した。それで清水さんも俺も解雇された」
「でも‥‥神戸の監督は清水さんが怪我してるの、知ってたんじゃないんですか?」
「知らなかったよ、全部後から聞いたんだけど‥‥浦和のフロントは怪我を隠してたんだ。清水さんはそのことに絶望したみたいで‥神戸が早く自分を解雇してくれるように仕向けたんだと思う。それなのに‥‥俺は‥‥」
杉本さんは黙って下を向いてしまった。
「‥‥なら、乗り越えましょうよ」
俺がそう言うと杉本さんが顔をあげる。
「清水さんと一緒に過去を乗り越えましょう。女池さんが言ってました。清水さんが現役続けるかどうか迷ってるって‥‥何が原因かはわかりません。膝のことなのか年齢のことなのか‥‥でももし神戸のことが関係してるなら‥‥」
杉本さんは黙ったまま聞いている。
「杉本さんもそうです。過去は過去としていつまでも存在します。でも、いつまでも引きずってちゃ‥‥駄目です」
杉本さんが全部聞き終えると俺の頭をポンと軽く叩く。
どこかすっきりした顔をしている。
「‥‥ありがとう」
「え?」
「そんな簡単なことにも気付けないなんてどうかしてたな。俺は過去を引きずり過ぎてんたんだな‥‥」
杉本さんがそう言うと、フィールドに向かって歩きだす。
俺もついて行く。
「女池さんがどんな言い方したか知らないけど‥‥清水さんは多分‥‥引退を視野に入れてる」
「え?」
女池さんはそこまでは言ってなかった。
「でも、もしこの試合で自分の可能性に気付けたら‥‥変わるかもしれない」
「なら、勝ちましょう」
奮起させるにはもう「善戦」じゃ駄目だろう。
「‥そうだな、勝とう。またサッカーやりたくなるくらい、圧勝しよう」
「ハイ!」