第11話練習試合対富山戦
キャンプ18日目。
今まで練習試合に出ていた川村修さんが正式に契約をした。
今日のラフィカ富山との練習試合で本格的に連携を確かめるらしい。
今日は30分ハーフは変わらないけど、3本やるらしく、この前出場出来なかったマイケル達も出場するらしい。
俺は2、3本目に出場することになった。
1本目のメンバーはゴールキーパーに山下さん、センターバックに宮原さん、角田さん、ピサロ。
守備的ミッドフィルダーに李さんとブエゴ、右サイドハーフに杉本さんと左サイドハーフに野村さん。
攻撃的ミッドフィルダーに田原さん、フォワードにフラビオと天野さんが入った。
試合が始まる。
最初にチャンスを得た富山だった。
富山のセンターバックが天野さんからボールを奪い、ボールをSBに渡す。
SBはそのままドリブルでハーフウェイラインまで上がると、相手フォワードに縦パスを出す。
パスを受けたFWはドリブルを始める。
まずブエゴが止めに行くが、ワンタッチでかわされる。
李さんがスライディングで奪いに行くがそれもかわす。
次にピサロが止めに行く。
ピサロと相手フォワードの1VS1になる。
相手フォワードがメイア・ルア(向かってくる相手DFと身体が入れ替わるようにボールを前にちょこんと蹴りだして自分はボールとは逆側を半円を描くようにぐるっとまわって、相手をかわすプレーのこと)でピサロを抜く。
ピサロが手でユニフォームを掴む。
相手フォワードが手で振り払った。
しかしそのせいで少し態勢を崩した。
その隙をついて角田さんがボールを奪いに行く。
しかし相手フォワードが角田さんより早くボールに触り、股を抜く。
宮原さんが止めに行く。
宮原さんが強引にぶつかり奪おうとするが、逆に吹っ飛ばされる。
山下さんと1VS1になる。
相手フォワードが2度のキックフェイント(蹴るフリをして相手を抜くフェイントのこと)で山下さんを抜き、がら空きのゴールにボールを蹴り込む。
先制された。
「なにあれ‥」
「本来J2なんかにいる選手じゃないんだよ、あの人は」
俺が呟くと植森が答えた。
「誰なの?」
「前田利樹‥‥スピード、パワー、テクニックの全て兼ね備えた日本トップクラスのフォワードだよ」
しかし試合はその後東京の一方的な試合になった。
15分、田原さんのコーナーキックからフラビオが頭で合わせ、同点ゴールを決める。
22分には天野さんのスルーパスにフラビオが合わせ逆転ゴール。
27分に杉本さんのクロスにフラビオが右足で合わせ、ゴールを決めた。
前田には東京のディフェンダー陣が完全マークし、ボールを全く触れさせなかった。
1本目は3−1で終わった。
2本目のメンバーはゴールキーパーに松本さん、センターバックに角田さんとピサロ、右サイドバックに杉本さん、左サイドバックに宮原さん。
守備的ミッドフィルダーに李さんとブエゴ、左サイドハーフに野村さん、右サイドハーフに犬飼さん。
フォワードには天野さんと俺が入った。
試合開始直後、俺に鬼のような怖い顔をした大男がマークについた。
大男は俺へのパスをことごとくカットする。
逆に天野さんをマークしてる相手ディフェンダーは天野さんをマーク出来ず天野さんがフリーでボールを受ける。
天野さんを中心に攻める。
しかし先制したのは富山だった。
李さんのパスをカットした相手左サイドバックが一気にドリブルで駆け上がり、ミドルシュートを放つ。
松本が触ったが、勢いが殺し切れずゴールに転がった。
直後に李さんが鳳さんと代わった。
しばらくはどちらもチャンスが生まれなかったが鳳さんと天野さんを中心に徐々に東京が押し始めた。
すると12分、相手のミスパスを奪った鳳さんからのロングパスを天野さんがワントラップして俺にスルーパスを出した。
俺はマークについていた大男を振り切り前に出て来たゴールキーパーにぶつかりながらゴールを決めた。
追加点が生まれたのは27分、富山のミッドフィルダーがスルーパスを出し、前田さんが受け取る。
そのままドリブルで突き進む。
鳳さん、角田さんを抜き、右隅にシュートを放つ。
しかし松本さんがぎりぎり触りシュートはバーに当たる。
こぼれ球を宮原さんが拾い、そのままドリブルで駆け上がる。
途中ブエゴ、犬飼さんとワンツーで進み、ペナルティーエリアに入る。
そのままゴールキーパーをかわし、ゴールを決めた。
2本目はそのまま2−1で終わった。
3本目のメンバーはゴールキーパーに大西さん(プロ入りしてからまだ試合に出ていない控えゴールキーパー、と植森が言っていた)、センターバックには植森とブエゴ、右サイドバックに新垣さん、左サイドバックに犬飼さん。
守備的ミッドフィルダーに木田さんと鳳さん、攻撃的ミッドフィルダーに清水さん。
フォワードは戸塚さんとマイケルと俺が入る。
3本目は相手も控え組が先発したからか圧倒的に東京が押していった。
2分にいつも通り守備をしない清水さんがミドルシュートをバーに当てると7分には新垣さんからのクロスをマイケルが頭で合わせたが、これは相手ゴールキーパーにキャッチされた。
9分にもオーバーラップした犬飼さんのシュートのこぼれ球を俺がシュートしたが、これはポストに当たる。
なかなか点が入らず、嫌な雰囲気になってきた12分、清水さんが俺に鋭いスルーパスを出す。
何とかライン上に止めてマイケルにクロスを上げる。
マイケルが頭で合わせ東京が先制した。
さらに17分にもコーナーキックからマイケルが頭で合わせ追加点。
19分には犬飼さんに代わり入った川村さんがミドルシュート、こぼれ球を俺がシュートしたけどこれはゴールポストに当たった。
そして27分。清水さんからスルーパスをもらったマイケルが相手にペナルティーエリア内で倒されペナルティーキックをゲット。
きっちり決めて3本目は全得点マイケルが決めて3−0で終わった。
試合の後、今日も全く守備をしなかった清水さんに話をしようとしたら、何処にも見当たらない。
近くにいた杉本さんに聞いてみた。
「清水さんは何処ですか?」
「清水さん? 多分膝の治療でも受けにドクターの所に行ってるんじゃない? 今日は何本かミドルシュート打ってたから」
よく‥‥理解出来なかった。
「どうゆうことですか?」
杉本さんは少し言うのを躊躇ってから話し出した。
「あの人の膝‥‥爆弾抱えてるんだよ。もう長い間の運動は出来ない。だからスルーパスで味方を動かす。守備も極力しない。それでもミドルシュートを打ちすぎたりドリブルをし過ぎるとすぐ治療しないと動きが悪くなる。しかもあの人はそのことを誰にも言わない。だから前のチームでもチームメイトや監督から誤解されたんだよ。このことチームで知ってたのは山下さん、宮原さん、俺と監督、ドクターの女池健太さんの5人だけ。」
もう後のことは頭に入らなかった。
気がついたら走り出してた。
清水さんは宿舎のチームドクターが止まっている部屋にいた。
ドアをあけるとちょうど治療が終わったところだった。
「お、亀山‥‥だったっけか? どうしたかね?」
好々爺という感じのドクターの女池さんが話し掛けて来る。
清水さんが立ち上がって部屋を出ようとする。
「‥‥邪魔だ、小僧」
「すいませんでした!」
清水さんに頭を下げる。
「‥‥うるせぇよ」
清水さんが部屋を出た。
「なぁに、心配いらんよ」
女池さんが肩を叩いてくれた。
「お前さんが眩しすぎるのさ」
「どういうことですか?」
「仙堂高校を知ってるかね?」
「えぇ、一応‥‥」
仙堂高校は広島にある強豪校で昨年の高校選手権でもベスト8になっている。
それがどういう関係があるのだろうか?
「奴さん、仙堂高校を初めて全国に導いたのさ」
「え‥」
「今から14年前のことだがね。奴さんは14年前のインターハイで2年生ながら仙堂高校のエースとしてチームを3位に導いたのじゃ」
「そんな凄い人だったんだ‥」
「その次の年、キャプテンになり、インターハイ3位、高校選手権ベスト8。そのまま浦和ティグレに入団。その時お前さんと同じようなこと言っていたんじゃ」
「同じようなことって‥‥」
「『このチームを優勝させる』とな。お前さんを嫌うのも昔の自分を思いだすから‥‥だろう、まだプロのことを何も知らず、眩しく光ってた頃を」
「それでチームメイトから嫌われたんですか?」
俺が聞くと女池さんは首を横に振る。
「浦和は怪我してすぐに解雇されたんじゃよ。奴さんの怪我は当時すぐに直る怪我じゃなかったから‥‥嫌われたってのは多分パンテーラ神戸時代じゃろう。神戸の時はほとんどの仲間が膝のことを知らなかったらしい‥‥知ってたのはチームドクターとたまたま治療を見た杉本だけじゃったそうじゃよ」
「そうなんですか‥‥」
それなのに‥‥俺は‥‥!
「気にすることはない。それに奴さんはそれを望んじゃおらん。奴さん同情されるのが嫌いなんじゃ。お前さんが出来るのは奴さんの前で全力でプレーするだけじゃ」
「え‥?」
「奴さんは今、分岐点に立っている」
「分岐点‥‥?」
「このままサッカー選手としてプレーを続けるか、引退を視野に入れた選手になるのかの分岐点じゃよ。このまま現役を続けて意味があるのか‥と迷っておる。じゃからお前さんはプレーで、奴さんが答えを見つける、ヒントを出してじゃよ」
「‥‥俺が‥‥」
「おそらくお前さんにしか出来んことじゃ。」
「‥‥分かりました」
俺がそう言うと女池さんはフォッフォッフォッと笑った。