4話
足跡の数が一万。それならきっと証明になると思って、屋敷の近くの海岸にやってきていた。砂浜にしっかりと足跡を残すように歩き始めたが、結局これでもダメではないだろうかと思い始めていた。
『これがお前の足跡だとどうして証明できる?』
『この足跡の数が一万だと? それを私に数えろというのか?』
『足跡? ただのくぼみではないか。足跡であるということを証明して見せろ』
頭が悪い自分でもこれくらいの難癖はつけられる。そしてこの程度であの富豪には認めない十分な理由になるだろう。もう途中から、カリナ自身も歩いた数など数えなくなっていた。とっくに一万歩くらい歩いているのだから。
「私はどうして砂浜を歩いているのでしょうか?」
答えるものなど誰もいない。理由を自分は知っている。理由はわかるが、それで納得できるはずもない。ただただ悲しいだけでしかなかった。
「もう……いっそ」
いつまで歩いても認められないなら、海の中に向かって歩いて行こうか。そうすればきっと楽になる。自由がある。
自由……自由に向かって歩く……か。
「あ、でも」
海の中に向かって歩いたとしても自由になれるだろう。だが、それは本当の意味で自由ではない。
それこそ自由に向かって歩くべきなのだ。街に向かって歩こう。街に行って仕事を見つけて、自由を手に入れればいいんだ。
「逃げ……よう……」
歩く罰なのだ。誰かに呼び止められてもそれできっとごまかせる。だから歩こう。逃げるために、街へ向かって!
カリナは砂浜を出て、街への道を歩き始めた。
日が傾いてきている。何も食べてないうえに歩きっぱなしでお腹が減った。でも我慢しよう。このまま歩き続ければ街に逃げられる。自由が待っているんだ。
そう考えながら歩き続けて数時間。突然男二人に話しかけられた。それは富豪の雇っている警備の人間で、何度か顔も見たことがある相手だった。
「とまれ!」
「な、なんですか?」
「お前を連れ帰るように言われている」
カリナは頭の中が真っ白になっていくのを感じた。警備の人間はにやにやしながら続けていった。
「罰の完遂おめでとう」
「わわ、私はまだ罰の途中で……」
「そんなわけないだろう。ここまで屋敷から十数キロは離れている。一万歩歩く罰なのだろう? 一万歩が距離に直してどのくらいだと思っている? 普通の歩幅なら十キロもない。まず間違いなく、一万歩は歩いているはずだ」
いまさらそんなことを言われても困る。だったら、私が主人に問い詰められているときにあらわれてそういってくれればいいのに!
「じ、実は途中まで馬車で送ってもらい……」
「お前みたいな汚いやつを乗せる馬車がどこにいる? 荷台にすら乗せるのをためらうな」
「そもそもその馬車はどこだ? 屋敷からここまで一本道。馬車がここを通らないのもおかしいし、途中でお前だけを下す意味もない」
あたりまえだ嘘なんだから。通るわけもない嘘なんだからつじつまなんてあうわけないだろうが馬鹿共が! なんだよそのいやらしい笑顔は、お前らは私が苦し紛れに言い訳してるのを見るのがそんなに楽しいのか? 面白いのか? ああ面白いだろうよ、これから自由な生活が待ってると希望に夢を膨らませて歩いてきた人間の表情が絶望に染まっていくんだからな。私を連れ帰った報酬はいくらだ? 酒が何杯飲むことができるお小遣いがもらえる予定なんだ? そんなに報酬が欲しいっていうなら、今ここで私がくれてやるッ!
カリナは男の腰に携えられていた剣を引き抜いた。そんな行動は完全に予想外だったのだろう。男は完全に反応できずに剣を奪われてしまい、驚愕の表情を浮かべる。
剣は重かったと思う。だが、怒りに任せて動かした体は、そんなことに思考が向かう前に、剣を振りぬいていた。
「ぎゃぁああああ」
一人の男の首は飛んだ。迷いのない怒りの一閃は、男の一瞬で絶命させる。首を飛ばすついでに、もう一人の男の耳もかすめたようだ。一人はそのまま倒れこみ、もう一人は耳を抑えて転がった。
「逃げなきゃ……」
人を殺してしまった。その事実にカリナは恐怖し、森の中へと慌てて逃げ込んでいった。