2話
「お前は本当に愚図だな」
カリナは床に頭をこすりつけたままその言葉を聞いていた。
カリナにそんな言葉を発しているのはカリナの主だ。数年前に、カリナの後見人になるとか何とか言って、孤児院からカリナを引き取った富豪だ。
後見人になる? そんなものは大嘘だった。見せてもらったことはないが、孤児院に提出した書類も、きっと適当にでっち上げたものだったのだろう。カリナはこの主人に引き取られてから、召使のような扱いを受けて暮らしている。
召使という言葉はむしろ生温いかもしれない。富豪はカリナに仕事の出来など期待しない。カリナに期待するのは仕事ではなく虐待。扱いは使用人ではなく奴隷。そもそもほかにいくらでも仕事のできる使用人がいるのに、不出来なカリナを雇う理由などない。
富豪は元からカリナを自分の暗い欲求をぶつけるおもちゃにするつもりで引き取ったのだ。
引き取られたその日に仕事の失敗を叱責されて鞭で打たれた。言いつけを守らなかったと土下座を強要されたし、足で踏まれた。主人以外もカリナの悪口は聞こえるように言ってくるし、足を引っかけられるくらいの嫌がらせは日常茶飯事だった。
今日今ここで土下座をさせられているのも、言いがかりとしか思えないようなもので、内容を聞いても理解できないようなことだった。
「どうしてお前は仕事中にフラフラと歩きまわっているんだ? さぼろうとしているのが見え見えで腹立たしい」
窓を拭けというから、バケツに水を汲んで運んできたのだ。一つの窓を拭き終わって、隣の窓へ移動するのに、歩く以外のどんな方法があるのか教えてほしい。水が汚れれば変えに行くべきだし、汚れたまま拭けば絶対にそれで叱責を受けたはずなのだ。
しかし、そんなことを言ったとしても何も解決はしない。誰も味方になってくれるはずはないし、事態が好転することはない。だからカリナは黙って聞いた。
「そんなに歩きたいというのなら、いくらでも歩くといい。今日は一万歩歩くまでは飯は食えないと思え」
一万歩歩いてこい。数字を聞いたときは震えが来たが、冷静になればそこまで厳しい罰ではない気がした。ただ歩くだけでいいのだから、鞭で打たれるよりははるかにましだろう。
「わかりました……」
カリナはそう言って屋敷の外に向かった。