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25/30

今日から僕は 25

「それでは時計あわせ、三、二、一」 

 保安隊運用艦『高雄』実働部隊控え室。その名前にもかかわらず、誠はここに乗艦以来、一度も入ったことは無かった。カウラ、シャム、要、誠が直立不動の姿勢で、部隊長代理の吉田がその前に立っている。

「今回の作戦の特機運用は第二小隊だけで行う」 

 口の中でガムを噛みながら吉田はそう言い切った。

「アタシどうすんの?」 

「質問は後だ。現在一一○○(ひとひとまるまる)時。一三○○(ひとさんまるまる)時にハンガーに集合。そして別命あるまで乗機にて待機。以上質問は?」 

「ハイ!ハーイ!」 

 まるで小学生が出来た答えを発表するような勢いでシャムが手を上げた。

「ちなみにシャムの質問はすべて却下する!」 

「それひどいよう!俊平!」 

「俺には聞こえん!何も見えん!」 

 吉田とシャムがいつも通りじゃれ始めたので誠達はすることも無く、力を抜いて立っていた。

「吉田少佐。せめて進行ルート等は……」 

「すべて搭乗後に連絡する。今回の作戦は非常に機密性が必要とされる作戦だ。それに現状で静観を保っている地球等の異星艦隊の動きがどうなるか読めん。作戦開始時まで何箇所かある進行ルート候補の絞込みを行ってから連絡を入れる」 

 そう言うと吉田は彼の胸を叩いているシャムの頭を押さえ込んだ。

「離せー!離せー!」 

「それよりそいつ何すんだ?」 

 要はじたばたしているシャムを指差してそう言った。

「こいつと俺は別任務。まあ、今回はお前等で十分だろ?値段じゃあっちの火龍の20倍はする機体なんだぜ05式は。落とされたらシンの旦那が発狂するぞ」 

「ふうん。けど新米隊長と実戦経験ゼロの新入り。不測の事態って奴がな……」 

「何だ、西園寺は自信が無いのか?」 

 明らかに挑発する調子で吉田がきり返す。

「そんなこといつ言った!このでく人形が!」 

「やめろ!」 

 カウラの一喝。じたばたするのを止めて恐る恐るカウラの表情をうかがうシャム。ニヤつきながらガムを噛む吉田。挑戦的な視線をカウラに投げる要。誠はじっとしてとりあえず雷が自分に落ちないようにじっとしていた。

「ともかくこれが現状での俺の命令ってわけだ。各員出撃準備にかかれ。それと一応聞いておくけど遺書とか書いとくか?」 

「馬鹿言うなよ。アタシが簡単にくたばるように見えるか?」 

「必要ない。死ぬつもりは今のところ無い」 

 要とカウラはそれだけ言うとドアに向けて歩き始めた。

「僕は書きます」 

 自然と誠の口をついて出た言葉に全員が注目した。つかつかと要は誠に歩み寄り、平手で誠の頬を打った。

「勝手に死ぬな馬鹿!お前が死んでいいのはな!カウラかアタシが命令した時だけだ!勝手に死んでみろ!地獄までついて行って、もう一回殺してやる!」 

 それだけ言うと要は振り向きもせずに、ドアの向こうに消えていった。

「アイツどうかしたのか?」 

 要の剣幕に少しばかり首をかしげながら吉田がカウラに尋ねる。

「そんなこともわかんないんだ!この鈍ちん!」 

 シャムはそう言うと思い切り吉田の足を踏んだ。少し顔をしかめる吉田。

「へえ、あの西園寺がねえ。カウラはどう思ってるの?こいつのこと」 

 そう言って吉田が呆然と突っ立っている誠を指差した。

「仰ってる意味がわかりませんが?」 

 本当に不思議そうにカウラは緑色の髪をなびかせながら答える。

「そんなの決まってるじゃん!カウラも誠ちゃんのこと好きなのよね!」 

 シャムは小さな胸を張って答えた。狐につままれたという顔の典型とでもいう表情を浮かべた誠。そして透き通るような白い肌を紅潮させてうつむくカウラ。

「まあどうでもいいや。誠、どうする?遺書書いとくか?」 

 投げやりに言う吉田を前に静かに誠は首を横に振った。

「まああれだ。05は素人が乗っても火龍程度は軽くあしらえるスペックなんだ。いざという時は機体を信じろ。まあ俺の言えることはそれくらいだな」 

 吉田はそう言うとシャムを連れて部屋から出て行った。

「カウラさん?」 

 うつむいたまま立ち尽くしているカウラに思わず手を伸ばしていた誠。

「隊長命令だ、直立不動の体勢をとれ!」 

 一語一語、かみ締めるようにしてカウラは誠に命令した。誠は言われるまま靴を鳴らして直立不動の体勢をとる。

「一言、言っておくことがある。これは作戦遂行に当たっての最重要項目である」 

「はい!」 

 うつむいたままのカウラは肩を震わせながら何かに耐えているように誠には見えた。誠を見つめる緑色の瞳。

 潤んでいた。

「死ぬな。頼む……」 

「はい」 

 誠は思いもかけぬカウラの言葉に戸惑っていた。同じように自分の言葉に、そして自分のしていることに戸惑っているカウラの姿が目の前にあった。

「言いたいことは、それだけだ。先に出撃準備をしておいてくれ。ハンガーでまた会おう」 

 カウラは今度は天井を見上げながらそう言った。誠は一度敬礼をした後、静かに控え室から出た。

 『高雄』艦内の廊下は同級艦と比べて広めに設計されている。それを差し引いても、誠には私室に続くこの廊下が奇妙なほど長く感じられた。廊下には誰もいない。昨日まで雑談や噂話に明け暮れていたブリッジ要員の女性隊員も、無駄に元気そうにつなぎ姿で馬鹿話に時を費やす技術部員も、カードゲームの負けのことを考えながら頭を抱えている警備部員もそこから姿を消していた。

「静かなものだなあ」 

 誠はそう独り言を言った後、居住スペースのあるフロアーに向かうべくエレベーターに乗り込んだ。

「んだ?ロボット少佐殿に絞られたのか?」 

 エレベータ脇の喫煙所で、要がタバコを吸っていた。

「それともあの盆地胸に絞られたとか……」 

 要のその言葉に思わず目をそらす誠。

「おい!ちょっとプレゼントがあるんだが、どうする?」 

 鈍く光る要の目を前に、誠は何も出来ずに立ち尽くしていた。

「そうか」 

 要の右ストレートが誠の顔面を捉えた。誠はそのまま廊下の壁に叩きつけられる。口の中が切れて苦い地の味が、誠の口の中いっぱいに広がる。

「どうだ?気合、入ったか?」 

 悪びれもせず、要は誠に背を向ける。

「済まんな。アタシはこう言う人間だから、今、お前にしてやれることなんか何も無い。……本当に済まない」 

 最後の言葉は誠には聞き取れなかった。要の肩が震えていた。

「ありがとうございます!」 

 誠はそう言うと直立不動の姿勢をとり敬礼をした。気が済んだとでも言うように、要は喫煙所の灰皿に吸いさしを押し付ける。

「今度はハンガーで待ってる。それじゃあ」 

 それだけ言うと要はエレベータに乗り込んだ。また一人、残された誠は私室へ急ぐ。

 自分の部屋。それを見るのはこれが最後かもしれない。そんな気分になると奇妙に全身の筋肉が硬直した。恐怖でもない、怒りでも悲しみでもない、そんな気持ち。

 訓練、演習、模擬戦。

 そのどの場面でも感じたことの無い奇妙な緊張感がそこにあった。キーを解除し、殺風景な部屋の中に入る。嵯峨が指摘したように、誠自身も飾りが無さ過ぎる自分の部屋にうんざりしていた。せめて特撮ヒーローのポスターでも貼っておくべきだったと後悔した。

 作業着にガンベルトを巻き、支給された小口径の拳銃ルガーマーク2の入ったホルスターとマガジンポーチを取り付ける。ここに戻ることが出来るだろうか?先ほどの不思議な緊張感が誠の心臓を縛り、動悸は次第に激しくなる。

 右腕の携帯端末を開き時計を見る。

 あと25分。

 中途半端な時間をどう使うか。そう考えて誠には特にすることも無いことに気づいた。とりあえず早めに更衣室に向かうことぐらいが出来ることのすべてだった。ただガンベルトを巻いただけの状態で廊下に出た誠の前にアイシャが立っていた。

「誠ちゃん、顔色悪いわよ」 

 アイシャはもう二日酔いが治ったのか、青ざめた皮膚の色は見た限り残っていなかった。濃紺の長い髪が空調の風にあおられて舞う。

「パイロットスーツってことは出撃ですか?」 

「まあそんなところよ」 

 アイシャはそう言うと今日始めての笑みを浮かべた。

「第一小隊は明石中佐は、現在特命で帝都で任務中。吉田少佐とシャムちゃんは隊長と別任務に就くって話らしいわよ」 

 アイシャはそう言うと少しだけ、ほんの少しだけ笑った。いつもの笑顔に比べるとどこか不器用な笑顔だった。

『この人でも緊張するんだな』 

 誠は当たり前のことに感心している自分が少し滑稽に見えて口元を緩めた。

「更衣室の場所知ってる?とりあえずそこまで行きましょう」 

 そう言うとアイシャは紺色の髪をなびかせて歩き始めた。

「僕のシミュレーションに付き合ってくれたのって、このためだったんですね」 

 誠はとりあえずそう言ってみた。

「まあね。お姉さんから訓練メニュー渡された時からこうなる予想はついていたけど」 

 下降するエレベータのボタンを押すとすぐに扉が開いたので、二人は誰も乗っていない箱の中に入った。

「勝てるんでしょうか?敵は50機近くいるんですよね。こっちは七機……」 

 ひっそりと口を出した誠をこれまでに見たことのない、鋭い視線でアイシャが見つめてくる。

「勝てるか?じゃないわよ。勝つのよ」 

 技術部の庭と言えるハンガーにつながる階で扉が開く。

 ここは別世界だ。

 急ぎ足で指示書片手に行きかう技術部員達。何人かはアイシャに気づき、敬礼をする。

「火器整備班の倉庫の裏側が更衣室よ。それじゃあ」 

 アイシャが不意に誠の顔に唇を近づけ、その額にキスをした。

「よくあるおまじないよ。きっと効くから」 

 そのままアイシャはハンガーの方へ向かった。何が起きたのかわからず、呆然と立ち尽くす誠。

「いいもの見せてもらったよ」 

 話しかけてきたのはキムだった。

「いえ、その、いっ今のは……その」 

「わかってるって。ベルガー大尉と西園寺中尉には黙ってるよ。それよりこれ。一応、お前の場合拳銃だけじゃあかわいそうだから」 

 そう言うとキムは一丁のショットガンを銃身の下にぶら下げたライフル銃とマガジンが三本入ったポーチを差し出した。

「なんですか?これは」 

 誠は奇妙なアサルトライフルを受け取ると眺め回す。

「M635マスターキーカスタム。20世紀末に使われたアメちゃんのサブマシンガン。ストーナーライフルAR15のシステムを9mmパラベラム弾に流用した改造銃だ。まあバレルは下にイサカM37ソウドオフショットガンをアドオンするために別途注文してこの前組み終わった奴だ。ダットサイトのゼロインも済んでるからすぐ使えるぞ」 

 誇らしげに言い切るキム。誠は特にすることもなく銃とマガジンを持て余していた。

「まあ俺としては使われないことを祈るよ。デブリで敵と銃撃戦なんてぞっとするからな。パイロットスーツに着替えるんだろ?何ならうちの兵隊に運ばせるぜ?」 

「じゃあお願いします」 

 そう言うとキムは銃を受け取った。

「飯塚兵長!こいつを第二小隊三号機に持って行け!じゃあがんばれよ!新人君」 

 キムの声を背中に受けて誠は更衣室に入った。

 誰もいない男子用更衣室。机の上には吸殻の山が出来ている大きな灰皿が鎮座している。誠はまずガンベルトをはずし、机の上においた。

『神前』と書かれたロッカー。作業服を脱ぎながらその扉を開くとパイロットスーツにヘルメットが出てくる。

 動悸は止まらない。更に激しく動き出す心臓。喉の奥、胃から物が逆流するような感覚に囚われ、思わず口を押さえる。

「僕らしいか」 

 独り言を言う。

 大学時代、東都学生リーグ三部入れ替え戦。九回まで3安打で抑えてきた。

 しかしエラーとパスボールでランナーは三塁。本塁に行かれたら負けが決まる。

 肩の違和感は消えない。相手はノーヒットだがバットが触れている六番打者。

 カウントはワンストライク、スリーボール。

『あの時は結局カーブでストライクを取りに行ってサヨナラだったっけ』 

 足元まで覆うパイロットスーツを着ながらそんなことを考えていた。動かなくなった左肩をアイシングしながら行った病院で選手生命が絶たれたことを告げられても、それほどショックは受けなかったのも思い出していた。

 いつも気持ちで負けていた。思い出すのはそんなことばかりだった。

 鏡を見た。

 血の気の無い顔がそこに浮かんでいる。

 カウラ、要、アイシャ。彼女等が自分を見て同情するのもこれを見たらうなづける。

『つり橋効果ってこう言うものなのかな』と柄にも無く考える誠。

 ハンガーの作業がもたらす振動で、時々壁がうなりをあげた。手袋と、それにつながる密封スイッチを押す。全身に緊張が走る。そして防弾ベスト、ホルスターの装着。自然と手だけが意識を離れたところで動いているような感覚に引き込まれる。夢なんじゃないだろうか、そんな気分が漂い始める。誠はヘルメットを抱え、廊下に出た。

 作業員の怒号と、兵装準備のために動き回るクレーンの立てる轟音が、夢で無いと言うことを誠に嫌と言うほど思い知らせる。

「おう!新人の癖に最後に到着か?ずいぶん余裕かましてくれるじゃねえか」 

 パイロットスーツに防弾ベスト、右手に青いヘルメットを抱えている要がいた。

「問題ない。定時まであと三分ある」 

 長い緑の髪を後ろにまとめたカウラは、緑のヘルメットを左手に持っている。

「整列!」 

 カウラの一言で、はじかれるようにして要の隣に並ぶ誠。

「これより搭乗準備にかかる!島田曹長!機体状況は!」 

「問題ありません!」 

 05向けと思われる250mmチェーンガンの装填作業を見守っていた島田が振り返って怒鳴る。

「各員搭乗!」 

 三人はカウラの声で自分の機体の足元にある昇降機に乗り込んだ。誠の05式乙型の昇降機には西二等技術兵がついていた。

「神前少尉。がんばってください!」 

 よく見ると作業用ヘルメットの下に『必勝』と書かれた鉢巻をしているところから見て、彼が胡州出身だと言うことがわかった。二十歳前の彼は誠を輝くような瞳で見つめながらコックピットまで昇降機で誠を運んだ。

「わかった。全力は尽くすよ」 

 目だけで応援を続ける西にそれだけ言うと誠は自分の愛機となるであろう灰色の機体に乗り込んだ。西が合図を出すのを確認してハッチを閉める。

 装甲板が下げられた密閉空間。

 誠の手はシミュレータで慣らした通りにシステムの起動動作を始める。当然、法術システムの起動も忘れない。

 計器はすべて正常。

 それを確認すると誠はヘルメットをかぶった。

「神前少尉。状況を報告せよ」 

「全システムオールグリーン。エンジンの起動を確認。30秒でウォームアップ完了の予定」

 それだけ言うとモニターの端に移るカウラと要の画像を見ていた。

「どうだ?このままカタパルトに乗れば戦場だ。気持ち悪いとか言い出したら背中に風穴開けるからな!」 

 要はそう言いながら防弾ベストのポケットからフラスコを取り出し口に液体を含んだ。

「西園寺!搭乗中の飲酒は禁止だぞ!」 

「飲酒じゃねえよ!気合入れてるだけだ!」 

 あてつけの様にもう一度フラスコを傾ける要。苦い顔をしながらそれを見つめるカウラ。

「忙しいとこ悪いが、いいか?」 

 チェーンガンの装弾を終えたのか、島田が管制室から通信を入れる。

「神前。貴様に伝言だ」 

「誰からですか?」 

 心当たりの無い伝言に少し戸惑いながらたずねる誠。

「まず神前薫しんぜんかおるってお前のお袋か?」 

「そうですけど?」 

 誠は不思議に思った。東和軍幹部候補生試験の時、最後まで反対した母親。去年の盆も年末も誠は母親がいないことを確認してから実家に荷物や画材、フィギュア作成用の資材などを取りに帰っただけで、会ってはいなかった。

「ただ一言だ。『がんばれ』だそうだ」 

「なんだよへたれ。ママのおっぱいでも恋しいのか?」 

 悪態をつく要。照れる誠。

「それとだ、経理課の菰田からも来てるぞ。まったく人気者だな」 

「なんて書いてあるんですか?」 

 誠は思わぬ人物からの手紙に少し照れながら答える。

「馬鹿だアイツ。これも短いぞ『もどって来い。俺が止めを刺す』だと。嫌だねえ男の嫉妬は」 

「カウラ!いい加減アイツ絞めとかないとやばいぞ」 

 笑いながら要が突っ込みを入れる。何のことかわからず途方にくれるカウラ。誠は要につられて笑いをこぼした。

「ベルガー大尉!吉田少佐が作戦要綱を送ったそうですが見れますか?」 

 島田は先ほどのダレタ雰囲気を切り替えて、仕事用の口調でそう言った。

「大丈夫だ。ちゃんと届いている。西園寺中尉、神前少尉。今そちらに作戦要綱を送ったので地図とタイムスケジュールを開いてくれ」 

 カウラの声がヘルメットの中に響く。誠は画面を切り替えた。ハンガーを映していたモニターに近隣宙間の海図が映し出された。

 胡州外惑星系演習場の近辺の海図がモニターに表示される。笹に竜胆の家紋の艦は保安隊運用艦、重巡洋艦『高雄』。

 その進路の先にXマークが見える。

「わかると思うが現在、我々は笹に竜胆のマークのところにある。Xマーク地点に到着次第作戦開始だ。そしてそこから距離五万八千のところが目的地の演習用コロニーだ」

 カウラはそう言うとコロニーの印にマークを入れた。

「現在、確認されている戦力は加古級重巡洋艦『那珂』を旗艦とする第六艦隊分岐部隊。『那珂』の他、駆逐艦三、揚陸艦八だ。状況としては近藤シンパが五時間前にすべての艦およびコロニー管理部隊を完全制圧。同調しなかった将兵は旗艦『那珂』に幽閉されている」 

「人間の盾かよ。しゃらくせえまねしやがんなあ」 

 フラスコを傾けながら口を挟む要を無視してカウラは続けた。

「敵機動兵器の主力は火龍54機、疾風13機。それに密輸用と思われるM1が69機だが、パイロットには近藤シンパが少なく、稼動数は30機前後と予想される」 

「まあな。海軍は元々大河内公爵の地盤だ。それにパイロットには赤松の旦那の信奉者が多いからな。明らかな命令違反行為に付き合うお人よしは少ねえだろう」 

「じゃあ胡州軍部通の西園寺中尉。近藤中佐はどう言う布陣をしくと思う?」 

 横からほろ酔い加減で茶々を入れる要に愛想をつかして、カウラがそう問いかけた。

 しかし、要はフラスコをベストのポケットにしまうとニヤリと笑って海図にラインを引いた。

「この半径が『那珂』の主砲の有効照準ラインだ。このラインに入らなければ主砲はそう簡単には撃てない。当然アタシ等はこの笹に竜胆から出発するわけだから、『高雄』はその外側で待機することになる」 

「つまり敵艦の主砲は我々に向くと?」 

 つい合いの手を入れた誠だが、要の眉間には皺。そして首を振った。

「お前馬鹿だろ?戦艦の主砲でアサルト・モジュール落とせるか!東和軍には教本も無いのか?」

 あきれた。そういう顔をして要は話を続けた。 

「敵は機動兵器、もしくは無人観測機を使用して『高雄』座標確認、照準誘導による主砲での撃沈を目指すはずだ。こちらがその阻止に向かうことも念頭に入てれるとなると、第一部隊は左舷10時方向下のデブリ、第二部隊はこちらの主砲の使用許可が下りていないと読んで正面を突く」 

「さすがに嵯峨大佐の姪だな。吉田少佐の作戦とまったく同じだ。我々は左舷10時方向、距離二万一千のデブリに取り付き、これを死守する。それが作戦目的だ」 

 カウラはそう言うとゆっくりとヘルメットを被った。

 誠はゆっくりと息をする。

 切り替えられたモニターには海図に代わってハンガーの中の雑然とした光景が回りに広がる。ふと足元で紫色のパイロットスーツの女性仕官がわめき散らしているので、思わず音声センサーの感度を上げた。 

「馬鹿言ってないでトイレの芳香剤でも何でもいいから持ってきなさいよ!」 

 明華だった。整備員が敬礼し全力疾走でハンガーを出て行く。

「あれだな。たぶん叔父貴の機体、明華の姐御が使うんだぜ」 

 特殊なサイボーグ用の目の辺りを完全に隠すヘルメットを被った要が、見える口元をほころばせながらつぶやいた。

「隊長って出撃時にもタバコ吸うんですか?」 

「出撃時だけじゃねえよ。なんか考える時、あのオッサン、コックピットに座るとひらめくんだと。あ、掃除機持った奴が出てきたよ。灰皿がひっくり返ってでもいたのかな」 

 誠の正面、四式改のコックピットでは整備員達のあわただしいコックピット清掃作業が続いていた。

「すると、第一小隊は待機で、出るのは明華の姐御とリアナお姉さんとアイシャとパーラか。姐御が四式。お姉さんは吉田の丙型、アイシャはシャムのクロームナイトでパーラがタコの千手観音か」 

「クロームナイト?千手観音?」 

 誠は思わず繰り返した。

「シャムのは銀色の機体だ。見りゃわかるだろ?クロームメッキっぽいのと遼南帝国騎士団長だからクロームナイト。タコのは肩の装甲に背中の彫り物と同じデザインの千手観音が書いてあるから千手観音。わかったか?」 

 珍しく要が親切にそう答えた。

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