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君を描く  作者: さきち
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桜餅

髪を後ろで一つ括りにした。キッチンに立ってメニューを考えて、効率的な順序を考えて作業に没頭していく。コンロは二口あったので、思ったより早く出来そうだ。調理器具も揃ってる。お米を研いだり、野菜を洗ったり切ったりしていると、先輩が邪魔をしに来た。

「向こうに行っててくださいよ。集中したいんで。」

「え〜、見てるだけなら良いでしょ?」

もう、しょうがないなぁ。邪魔しないでくださいねと釘を刺して作業に集中する。じゃがいもは皮ごと茹でて、茹で上がったら皮を剥いて粗くつぶす。ゆで卵も一緒に茹でておいたので、細かく刻んで入れた。これまた、時間差で茹でておいた人参と、塩で揉んで水気を絞ったキュウリとハムを入れてマヨネーズで和える。隠し味に砂糖を入れて、少し牛乳もいれる。塩胡椒で味を整えたら出来上がり。他にも残った野菜をサイコロ状にして作ったスープやハンバーグ。カレーと炊き上がったご飯は作り終わったら、後で小分けにして冷凍しよう。玉子も煮卵にしてチャック付きポリ袋に入れる。無駄が出ないように使い切る。きっと涼先輩は使わないだろうから。

「牛乳余っても大丈夫ですか?」

私は洗い物をしながら、話しかけた。

「それぐらいなら飲む。…凄いね、いつでもお嫁に行けるよ?」

感心したように、涼先輩は言った。

「両親が共働きなんで、家で良く作るだけです。冷めないうちに食べましょう?卓拭いてくださいね。持って行きますから。」

「はい。」

妙に折り目正しい返事に笑ってしまう。


それから二人で夕食を食べた。先輩は美味しいと言って食べてくれるので、作り甲斐がある。これだけ喜んでくれるのなら、また作りに来ても良いかななんて思えた。

「コンロが三口あれば、人参のグラッセくらい作れたんですけど。」

私はハンバーグの付け合わせのインゲンのソテーを、フォークで突き刺しながら言う。

「充分だと思うよ。」

「そうですか?」

もうちょっと、彩り良くしたかったなぁ。まぁ、喜んでくれているから良いか。

デザートに桜餅を食べて、緑茶で一息つく。

「久し振りに二人でご飯食べたなぁ。」

「彼女ご飯作ってくれてたんでしょう?調理器具が一式揃ってましたから。」

「そう。今日みたいに作ってるところ眺めるのが好きだったんだよね。」

遠くを見る様に瞳が揺らいだ。思い出しているんだろう。

「…また、寂しそうな目をしてますよ。」

「…癒して。」

そう言って先輩は身を乗り出す。私の手に自分の手を被せて縫いとめると、キスをしてきた。

先輩のキスが激しくなる。服の隙間から手が侵入してきた。

「一回きりの約束でしたよね?有言実行の男なのでは?」

「みっちゃんからしたいって言わせれば無効かななんて。」

「そうさせる自信があると。」

「まぁ。」

心情的には良いかななんて思うのだけれど、頭にアイツの顔が浮かんだ。

「…遊に怒られる。」

私の服に手をかけていた先輩の手がピタリと止まる。

「他の男の名前出さないでよ。」

不機嫌そうに顔を顰める。

「友達です。怒られたって言ったじゃないですか。」

「あぁ、遊って名前なんだ。へぇ。」

「ちゃんと付き合ってからしろって。」

怖かったんですよ。怒ってるとこ。

「じゃあ、付き合う?初めての彼氏にはオススメだよ?」

簡単に言ってくれる。そんな簡単に考えられるなら、もうとっくに彼氏くらい居るだろう。涼先輩の気持ちは元カノに向いているし、一緒に居て楽だ。同じくらい好きじゃない同士でも付き合う事は出来そうだけど。なんか、申し訳ない気分になる。

「縛りたくないし、縛られたくない。」

「…付き合うって事、深く考えすぎじゃない?」

相手を縛りたくないって思うのは、自分の中でそれを正当化する理由が見当たらないからなんだ。それは想いの強さだったり、好きっていう気持ちだったりするのかもしれない。私には、何も無い。それ程の想いも、好きという気持ちも。

「涼先輩が、私のせいで好い人逃しちゃうかもしれないし。」

「考え過ぎだよ。もっと気楽に付き合えば良いのに。」

「同じだけ想いあっていたいって思うのは、我儘ですか?」

「想いの強さのバランスが取れてるカップルなんて、そうそう居ないよ。大抵は、どっちか一方が、もの凄く好きだったりするんじゃないかな?元カノと僕みたいに。」

自嘲して先輩は言い放つ。こんな事を言わせるつもりじゃなかったのに。

「…ごめんなさい。」

また、寂しそうな目をさせてしまった。居た堪れない気分になる。

「謝らなくて良い。約束反故にしょうとしたのはこっちだし。思ってたより可愛いから、こっちも執着しちゃった。」

「……。」

「まぁ、みっちゃんが僕を凄く好きになれば解決することだしね。」


私はキッチンで溜息をつきながら、カレーやご飯を小分けにして、冷凍庫に入れていた。本末転倒だなぁ。寂しさを和らげる為に来たはずなのに、逆に寂しくさせてしまったみたいだ。もう、来ない方が良いだろうかと考えてしまう。

部屋に戻ると先輩はベランダで煙草を吸っていた。身体に悪いのに吸ってしまうのは、口寂しいからだろうか?ベランダの戸をガラリと開けると、涼先輩はこっちを振り返った。

「身体に悪いですよ?」

「知ってる。」

そうだよね。

「…もう、来ない方が良いですか?私。」

「何故そうなる?」

先輩はギョッとした顔をした。

「だって…涼先輩、また寂しそうな目をしてる。」

「まぁ、振られたし。」

そうか、そうなるのか。私は次の言葉が出てこない。サッシをギュッと掴んで、知らずに俯いてしまう。

「…好きになってもらうまで待てないからさ、どんな理由でも良いから、また一緒に居てよ。みっちゃんと居ると楽しいから。」

顔を上げると、そう言って笑う先輩が見えた。私はほっとして、同じく笑いかける。

「なかなかの殺し文句ですね。私も涼先輩と居ると楽しいです。」

「でしょ?それだけは自信があるんだよね。」

煙草を吸い終わったらしく、灰皿に押し付けて火を消すとこちらに来た。

「涼先輩これあげます。」

私は抹茶キャラメルの箱を手渡す。

「何これ?」

怪訝そうな顔が目に入った。

「キャラメルです。煙草の本数減らせませんか?それで。」

「…努力します。」

そんな返事が可愛くて、笑ってしまった。


歩いて、地下鉄の駅の入り口の階段まで送ってもらう。

「送ってもらってありがとうございます。」

階段を降りようとしたところで、忘れ物って先輩が言った。何だろうかと思って振り返ると、ギュッと抱きしめられた。続けて息苦しくなるくらいのキスをされる。

「…もう少し軽いやつでお願いします。」

別れ際にするキスじゃないでしょうに。人がいないからって、大胆すぎる。

「あ、スイッチ入っちゃった?ゴメンね。」

悪びれずに言ってのける。

「入ってません!」

本当は鳩尾の辺りがキュってなってしまったのだけど、そんな事は言える訳ない。向こうの方が恋愛に関しては上級者な訳で、こっちを手玉に取る事なんて容易いんだろうなと思う。あんな風だから忘れがちだけど、侮ってはいけない。

「もう!帰ります。」

私の顔は赤くなってしまっている筈だ。

「バイバイ。」

ニヤニヤしながらひらひら手を振る先輩が、ちょっと憎らしく感じた。

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