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化物とモノノ怪の宴  作者: 石上あさ
3/6

百眼__3


 さすがに危機感を覚えてネットで一通り調べてみた。

知り合いの医者や疫病方面にも明るい医療ジャーナリストにも当たってみた。

帰国してきた人間から染されたものかも知れなかったからだ。


それでも一向に手掛かりを掴むことはできなかった。

日を追うごとに、深まる謎とともに例のしこりはその身を肥大化させていった。

かといって医者にかかれるほどの時間もない。


この業界は時間との勝負。病院までの往復、待合時間、

そんなものに割くほどの時間などあるわけもなかった。

第一これが難病だとすればそれこそ人生のおしまいだ。

新進気鋭の己をさらに研ぎ澄まして切れ味を磨いてきたからこその今の自分があるのだ。

新卒数年で長期入院した病み上がり、まして再発可能性もあるとなればもはや無用の長物。

社会の流れからも社内の潮流からも取り残されてしまう。


そんなもの、死んだに等しい。


いや、それ以下ですらあるかもしれない。

そうだ、こんなわけのわからない手の打ちようもないものにかまけている時間が惜しい。

彼女は自らの体を蝕む重大な変化にも見て見ぬふりを決め込む覚悟をした。


〇   〇   〇


 翌日の社内は彼女の記事でもちきりだった。

紙面で一面を飾るとまではいかないものの、その反響は大きかった。

スマホニュースでもヘッドラインを盛り上げた。

それらの白熱は彼女の地位を確固たるものにした。

社内のお偉方は彼女を称え、違うデスクの上司らは彼女を疎ましく思い、

後輩たちはあの人は俺たちとは違うからといった。

当の佐藤にとっては見慣れた景色がここでも蘇っただけだ。


 それよりも目下、彼女の注意を引くものがフロアの片隅にあった。

 それは仲睦まじげに話す田中と橋本の姿だった。

佐藤はそれを忌々しく見つめた。

オフィスチェアに腰かけた田中がつま先を使って椅子を左右に回しているその仕草も、

片手を机についた橋本が今自分は甘い言葉をささやいていますと顔に書いてある

キザな表情をしているのも。


 それから二人が思わせぶりな視線を絡み合わせながら通路へと消えていくのも。

彼女は憎しみのあまり脳の血管が破裂しそうなほどだった。

そのとき下腹部に傷が開くような痛みを感じた。

一瞬顔をしかめそうになるもこらえた。

人の注目を浴びている手前、極めておだやかに振る舞った。

穏やかに振る舞ったところで、腹の虫がおさまることもなかった。


 社交の場を離れた佐藤は慌てて化粧室に駆け込んだ。

自分は今明らかにどこかに怪我を負っているという激しい痛みがあったからだ。

その心当たりも十分すぎるほどあた。

おそるおそるスカートをおろして確かめると――。


「――――ッ‼」


 漏れそうになる声を必死に抑える。

 けれども今しがた目にしたものは容易に受け入れられそうになかった。

 脳内で疑問が吹き荒れた。

 パニックのあまり気を失いそうになるのは生まれて初めてだった。


 彼女の下腹部には目玉が生えていた。


 例の、しこりと思しきところの表面が瞼のように裂けて、

そこから茶色の瞳の目玉がきょろきょろしている。

まつ毛も何もないが、ときおりまばたきをする

目の表面は粘膜に守られているらしくぬるぬるとしている。

彼女の脳内を占めたのは、


――気味が悪い。


 ほとんどがその感情に占められていた。

彼女はすぐに背中にあるしこりのことも思いだした。そ

れだけではない。最近は二の腕や胸のあたりにも同様の感覚がある。

もしも。本当にもしも、


 それらの目玉が全て開いてしまったら――?


 さらに悪いことにこのしこりは至る所にでき続けているが、

これ以上増えないという確証がない。

つまり最後の最後、この奇病の成れの果ては――全身目玉の化物ということになる。

そうとしか考えられなかった。


 そうなってしまったら、そんなことになってしまったら。

 考えることさえまともにできなかった。

それなのに恐ろしさだけは体の震えが止まらないほどリアルに感じた。

トイレの個室に体を丸めて縮こまった彼女は、恐怖に飲み込まれた一つの塊でしかなかった。

そのときまたも話し声が聞こえてきた。


 以前にもここで耳にした二人組の女子社員だった。

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