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化物とモノノ怪の宴  作者: 石上あさ
2/6

百眼__2


事務所のデスクワークで、前が見えないほどの山積みの資料を運んでいるときのことだった。

書類と触れる下腹部に違和感があった。

手で触れてみると、しこりのようなものがある。

そのときは仕事に追われていたので家に帰ってから調べてみるか、と思った程度だった。


家に帰ってシャワールームで自分の体を確認するとやはりしこりがある。

大きさはそんなに大きくはない。人間の目玉程度か。

何の病気の兆候だろうと考えながら全身を調べてみると、

背中の下のほうにももうひとつあった。

気味悪く思ったが、その日は疲れのためにそれ以上の思索はできなかった。

泥のように眠りこけた。


 〇   〇   〇


 次の日の朝も忙しさに追われて起きた。

慣れた素早さで身支度を整え家を後にした。

このときは昨晩発見した異常のことなど頭にはなかった。


 仕事が一区切りしたときにようやく事務所の化粧室で確かめてみると

昨晩よりも大きくなったように感じられた。

化粧室を後にするとき、後輩の女子たちの噂話が耳に入った。


「ねえねえ田中さん、橋本さんにまたアタックかけてたよ」

「えーまた?さすがにちょっとあざとすぎるんじゃない」

「ちょっとどころじゃないよ、もうがっつり媚び売ってるし」

「あーあの子同性からの評判あんまりよくないよね」

「なにそれ、異性からはモテるみたいな言い方」

「事実そうなんだからしかたないでしょ」

「ほんと男って馬鹿よね、あんなぶりっ子に騙されるなんて」

「男とみれば誰にでも言い寄ってるのにね」

「仕事でもミスばっかで役に立たないくせに」

「そこがいいんでしょ、俺が守ってあげなくちゃ、みたいな」

「お前なんかに守られたくねーよっての」

「それは橋本さんにも言える?」


 鏡を見つめて熱心に化粧を直しながらの立ち話だった。

怒った声音を出しながらも器用に表情を維持している。


 彼女には気づかないのか佐藤が通り過ぎても挨拶もしなかった。

佐藤は人の噂を世間に広める仕事の人間が自分の噂を広められていることに滑稽さを感じた。

去り際、右の社員の化粧の仕方が昨日とかわっていることに気が付いた。

似合ってないなと思った。彼女はこのように他人を見ていた。


 次の日も当たり前のように彼女の指はキーボードをたたき続けていた。

このネタは業界では彼女の会社が最速だった。

これをあと十四分以内に印刷工程に回せばまた彼女の株は一段と上がるに違いなかった。


 記事を書き上げてひといきついているとある男性社員の姿が目についた。

昨日噂に上っていた橋本だった。

一言で表すなら、背の高い好青年。

それなのにどこか遊び人らしい雰囲気があって、何とも言えない色気を醸している。

橋本は佐藤の視線に気づくと、にこやかに近寄ってきた。


「佐藤さん、お疲れ様です」


佐藤の顔のすぐ真横に顔を近づけてきたので、ドキリとした。


「これ、今一番新しい『モノノ怪』に関する記事ですねよ」

「そ、超能力者研究なんて馬鹿げたことに力を入れてるロシアからのもぎたて情報」

 と答えながらも目線は合わせない。


人を手玉にとるのがうまそうな男だと佐藤は思った。

同時にそこに引き付けられている自分がいることにも気づいてしまった。


「すげえなあ、やっぱり。これ、また出世確定っすよね」


これだけ砕けた話し方をする人間で、

自分が腹を立てないのはこの橋本だけだろうと佐藤は思った。

かすかに心が乱れた。


「今日の晩飯おごってくださいよ。

今からお疲れ様のコーヒー奢りますんで」といって小銭入れをちゃりちゃり言わせる。


「そんなこと言ってる暇があるならさっさと自分が奢れる立場になれるように仕事しなさい」


 内心橋本の誘いに心が揺らぎつつ、それでも彼女は誘いを蹴った。

それによって彼女のプライドは保たれたはずだった。

自分はそんな軽い女じゃない。

それでも悔いのような、苛立ちのような、被害者意識の様なものが湧き上がり、

彼女の仕事の邪魔をした。


 例のしこりは今にも皮膚を破って飛び出しそうだった。数も増えていた。

ここまでくるともはや明らかな異常を認めなければならなかった。


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