聖剣
……す、凄い……。
俺からはもう、それくらいしか言うことがない。
ラザニアのヤツ、もしかして、皆に隠れて修行とかしてたのか?
いや、それはありえない。
毎日毎日、夜まで皆とつるんで遊んでばっかだったしな、あいつ。
じゃあ、あいつは生まれつき、あんな物凄い強さを備えてたってこと?
だとしたら、マジでヤバ過ぎるぜ。
あの野郎のことは好きになれないけど、やっぱり、立派なヤツなんだなあ。
そういう所は、ちょっとだけ尊敬しちゃうかも……。
驚愕とざわめきに満たされる中、茫然と目を見開く聖女様がぽつりと呟いた。
「……ら……ラザニアと言いましたね? あなたは一体、何者――」
「何者、とは」
そこへ、ラザニアはゆっくりと歩を進めた。
側近たちは、それを無礼だと咎めることも――
あいつの優雅な動きを止めることもなく、ポカンとしている。
やがて、聖女様の目の前に立ったラザニアは、手を伸ばし――
「おかしなことをお尋ねになりますね、聖女様」
聖女様の白く柔らかなほっぺに、そっと触れた。
「あ……」
「先程も申し上げたではありませんか。僕の名前はラザニア――邪神を打ち倒し、人間の世界に平和をもたらす者です」
言って、ラザニアは小さくウインクをした。
聖女様は、ぱちぱちと瞬きをして――ぽんっ、と顔を真っ赤に染めた。
「これで――僕が何者か、分かって頂けましたか?」
「……はい……理解しました。そして、同時に、確信しました」
「何を?」
「あなたこそが、全人類にとっての救世主であるということを……」
「はは、それは買い被り過ぎです――ですが、聖女様はそう仰られるのならば、もはや引くことは叶いませんね。必ずや、ご期待に応えてみせましょう」
熱っぽく見つめ合う、ラザニアと聖女様……。
一枚の絵画のようなその光景に、誰もが、ほう、と息を吐いてしまう。
……お、おい、何だよっ、この雰囲気は?
それからたっぷり三〇秒と少々、不思議な沈黙が横たわり――
やがて、響く小さな咳払いに皆は正気を取り戻した。
「お、おほん。聖女様……そろそろ、次に参りましょう」
「あ――そ、そうですね、ええ。そうでしょうとも、ええ」
ほっぺをリンゴみたいにしたまんま、聖女様はぶんぶん首を振った。
その様子に、ラザニアは笑い掛け――彼女の顔の赤味が更に増した――それから俺の隣に戻ってきた。
そして、ごく小さな声で――
「……聖女だか何だか知らないけど、案外チョロいものだな。おや、どうしたんだいトルテくん。羨ましそうな顔しちゃって」
「う、うらやま!? 別に何だお前羨ましくなんかないよバカ!」
こ、この野郎め。
……ん、あれ?
「な、なあ、ラザニア。“次”って何だろう? まだ、他にもやらなきゃいけないことがあんのかな」
「つくづく頭が悪いなあ、君。説明されてないのに分かるワケないじゃないか」
確かにその通りだ……でも頭が悪いってのは余計だぜ!
腹が立つけど、何やら大切な話が始まりそうな雰囲気だったので、睨み付けるだけで勘弁してやった。
俺って、優しいなあ。
などと考えているうちに、準備が整ったらしい。
咳払いをして、気を取り直した聖女様は、凛としたまなざしをこちらへ(というかラザニアへ)向けた。
「それでは、選ばれし勇者よ。あなたには、すぐにでも邪神討伐の旅へ出発してもらいます。と、言いたいところなのですが……」
そこで彼女は言葉を切った。
「確かに、あなたの力は傑出しています。しかし、邪神の力は生半可なものではありません――幾らあなたが優れた戦士と言えど、今のままでは、まず勝ち目はないでしょう」
ま、マジで?
レベル11もあるようなヤツでも敵わねえのか。
いったい、どんな物凄いモンスターなんだろう、邪神ってのは。
そこで!
と、聖女様はびしっと指を立てた。
「あなたには、王都の――いえ、全人類の秘宝と言っても過言ではない」
室内の空気がピリッとする。
大臣たちも、ラザニアですら、どこか緊張した様子だ。
やがて、聖女様は重々しく――言った。
「最強の武器を、授けましょう」
◇
「太古の昔」
かつん、かつん。
真っ暗くて冷たい壁に、無機質な靴音が反響する。
「女神さまは、か弱き人間たちへ、モンスターに立ち向かうための様々な祝福を与えました」
――俺たちは、狭い螺旋階段を延々と下っていた。
周りには、ラザニアと聖女様以外は誰もいない――先頭を行く彼女は神妙な感じだけど、隣のクソ野郎は随分お気楽っぽい風体だ。
俺?
俺はヤバいくらいの緊張でドキドキしまくってるぜ。
天井から雫が滴るやら、時々足元をネズミが掠めるやら、オバケでも出そうな雰囲気の中、聖女様は話を続ける。
「例えば、退魔の光を束ねて放つ弓。あらゆる魔法を跳ね返す鏡の盾。邪なる気を吹き飛ばす扇。そして」
かつんっ。
ひときわ大きな靴音が響き、目の前にあったのは、巨大な扉であった。
聖女様は静かに手を伸ばし――触れる。
その先にあったのは――
「――聖剣」
一振りの、素晴らしく美しい剣だった。